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グリーン車でecocolo

Top_hyoshi_4  今日は、日帰りで大阪行ってました。さっき帰ってきたところ。会社の隣の部署の人との外勤でした。そして新幹線快適でござった。

 隣の部署は出張が多いので全員JRのエクスプレスカードを使ってチケットを取ってるってことで、私も便乗して予約してもらったのだ。しかもグリーン車。ふおおお。

 もうあの快適さを覚えてしまうとグリーンじゃないとヤダヤダと思ってしまう。って書いていると、とんでもない贅沢者のようだけど、エクスプレス予約で、3日前までに予約しておけば、ひかりだけど、グリーン車が14,000円で乗れるのだよ。

 その割引額といったら、4,690円分だよ。年会費が1,000円前後なので、東京-新大阪間を一往復すれば元が取れてしまう。(のぞみ指定席は、往復1,700円お得)

 のぞみの指定席(普通の席)の正規料金が、14,050円だということを考えると、やっぱりひかりグリーンでしょ。2時間半のところ、3時間になるっていうデメリットはあるけど、グリーンはガラガラに空いているし、広いからいくら後ろに倒しても全然後ろに影響ないし、席の上に飛行機みたいにライトがあるし、毛布もあるし、おしぼりくれるし。ああ。魅惑的だった。また乗りたい。とかなんとか書いているとJRの回し者みたいだが、まだまだ興奮中ということで。

 そんな魅惑的なグリーン車での移動中、噂の「ecocolo」ヨガ特集読みました。我らがchamaさん載ってましたね。接待ヨガ。声には出せなかったが、大爆笑。そしてスーツが衝撃。初めて見た・・・・。でもああいう感じの人居そうだなあって。うちとは業界が違うが(笑)

 しかし合コンヨガは、面白かったが、見ていて正直なところ違和感が。集合場所に着いた瞬間に帰りたくなるような合コン相手に馴れ馴れしくアジャストされた日には、泣いて帰り、もうお嫁に行けないって思っちゃうかも。速水もこみちとか、妻夫木君、V6の岡田くんとか来ていたら、三つ指ついて、ぜひホールド時間を長めに。とお願いしたいところでありますが。

 パーティヨガはどうなんでしょう。思いっきり内輪だったら面白いかも。なんて思ったりもした。でもパーティーだけど、おなかいっぱいだとヨガ出来ないから、ひたすらミネラルウォーターを飲んでやるのか?突っ込みどころは満載。そして、このページ、みな無表情だったのが、シュールで面白かった。ニヤニヤしてるのも如何なものかと思いますが。ecocoloって雑誌初めて買ったけど、結構おもろい。

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み、見つかった

 良かった。チケットが見つかった。神プラのチケット、まだあと5回ぐらい残っているのに無くしかけたのだよ。

 今日、20時45分からのハーフプライマリーに出てきた時、お財布にいれていたチケットが見当たらず、半泣き。おかしいなあ、おかしいなあ、社員食堂のカードを出し入れしているときに、ハラリとどこかに落としてしまったのかなあと悶々としながら、今日はドロップインした。

 ・・・結局カバンの底にありました・・・。(T_T) よかったよう。大事にチャックのあるところに入れました。よしよしさん、お久しぶりにお会いしたyuckyさん、お騒がせしましたあ。

 練習後は、3人でおしゃべりしながら駅までご一緒させて頂いたんだけど、やっぱりヨガ友と話すのは楽しかったよ。お久しぶりのyuckyさんもお元気そうでした!

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インド旅行記~5日目~②

 ずっとインド旅行の記事更新が止まっておりましたが、ぼちぼち再開します。

 アグラ城を見た後は、いよいよ憧れのタージ・マハルに向かう。北インドへ旅行する旅行者の80%以上がタージ・マハルを見ることを目的としているとのこと。それはそうだと思う。私も死ぬまでに1度は見ておきたいと思った。

 タージ・マハルまでの近くまでは、直接車では乗り付けることが出来ないようになっている。公園のように、ある一定区間区切り、門のようなところから入って奥に入っていく。何故なら、車の排気ガスがタージ・マハルの白壁を汚染しないように配慮されているから。

 だから、タージ・マハルの周りには何も建物が建っていない。景観を損ねないようにと言う配慮もあるのだろうな。この建物がインドにとっての最高峰の財産であるということをひしひしと感じさせるよ。それにここの入場料が高い!インド考古学局に払うADAチケットの分500ルピーを入れると、全部で750ルピー。だから2,000円強なんだよな。

 「マハル」というと、宮殿の意味があるらしいのだが、この建物は、ムガル帝国第五代皇帝シャー・ジャハーンのお后に捧げられたお墓である。お后の名前が、ムムターズ・マハルという名前だったことから、この名前がついたらしい。「タージ」がどこから来ていたのかは忘れてしまった。

 この間も書いたけど、国が傾くぐらいの財力を傾けて国中の大理石を運ばせて建築したお墓であるのだが、「傾くぐらい」というのも納得できるぐらいの贅沢な建築物。さらに、この壮大なるお墓の完成後、シャー・ジャハーンは、二度と同じような建物が建てられるのは避けたい、という理由で建築に携わった職人の腕をことごとく切り落としたというから徹底している。権力者って恐ろしい・・・。ちなみにタージ・マハルは四方どこから見ても同じように見えるような設計になっているらしい。

 タージ・マハルには悪質なガイドが沢山いるとかを聞いていたので、一応警戒していったのが、この公園の入り口から入った時にいきなり子供の物乞いがぴったりついてきた。

 金くれ~金くれ~としつこく、ずーーーーーーっと付いてきて、本当にお金がないんだ!っていうと、じゃあ、ボールペン持っているでしょ?(インド人の物乞いは何故かボールペンを欲しがる)ボールペンを頂戴よとしつこい。本当にお金もボールペンも持っていないんだ!っていうと、「You are crazy man!」と顔を歪めて言い放っていったわ。さっきまでの愛くるしい笑顔とは別人ですな、あんた。

 まあ、もうこういうのも慣れたとはいえ、タージ・マハルに入るまでに余計な体力を消耗したなあなんて思いつつ、やっと入り口に到着(この写真は入り口付近)Imgp3217_1

 タージ・マハルでは以前爆弾を置かれた事件があった、っていうのと、中を汚すお菓子類、ジュース類、ライト類は持ち込み不可ということで、入り口で男女に分かれて、念入りに身体検査をされる。私は物乞い用に飴を沢山持っていたのを忘れて、入ろうとしたので、「この飴は、預けてきて!」と追い返される。

 そして私の周りの観光客、インド人の女性達の鞄の中からポップコーンやらチョコレートやら、飴やらが次々検出され、皆外に押し戻されていたので、ちょっと面白かった。

 自分も同じクチだけど、女性はお菓子を鞄に入れている人、国を問わず多いのね。

 そして飴は、ジェーンに預けてから、やっと再入場。旦那が心配そうに待っていたが、お菓子で引っかかったといったら、ちょっとうけていた。 Imgp3218

  それからやっと奥に入っていく。ここまで来るとタージ・マハルはまだ見えないのだが、入る門が立派なのに圧倒される。 これでまだ入り口だからびびります。人との対比でこの門の大きさが分かるだろうか?

 この奥に、タージ・マハルが控えているのかと思うとワクワクする。そして人の流れに沿って左に回り込み奥に入っていこうとしたその時、タージ・マハルが浮かび上がったよ。Imgp3222

 私はこの景色が見えた瞬間、鳥肌が立つほど感動したよ。それで、私はやっぱり今回の旅行ではこれを見る為にインドに来たんだって思ったよ。

 子供の頃から見てみたかったタージ・マハルが目の前にあるのだ。全く以って現実感がない。夢の中の世界みたい。人の心を奪う魔力のようなものがこの建築物にはあるなと思った。

 ずんずん奥に進んで感動に浸っていると、横にヘンなインド人が張り付いてきた。そんで「この墓は、王様が王妃の為に~・・・」って勝手にガイド始めているよ!せっかく人が感動して気が緩んでいるときに、勘弁してくれとその場をダッシュで旦那と逃げる。はあはあ、こんなんで法外なガイド料を請求されたりしたら、たまんないよ。

 で、インチキガイドを振り切った後で、もう一度ゆっくりタージ・マハルを眺める。 Imgp3223

 なんか、もう言葉が見つからないです。

 ・・・・・しばし感動中・・・・・

 や~素人の私達が撮っても、絵葉書みたいな写真が撮れますね。

 そして実際のタージに向かってずんずん奥に進んでいく。この辺りになると変なガイドもいなくて快適。すごいね~タージ・マハルでかいね~、真っ白だね~というしかないかんじ。あとは遠近法使って、タージマハルの天辺をつまんでみせるような写真も何枚か撮ってみたりしたけど、馬鹿面すぎるので、ここには乗せられません(爆)Imgp3234

 だいぶ近くに近づいてきました。

 実際のタージ・マハルに足を踏み入れていきます。総大理石で出来た階段を登っていきます。階段だけでもかなりふんだんに大理石を使っているであろうことが分かる。なんともかんとも贅沢な階段である。

それから上に登り切ると今度は、靴に靴カバーをつけるか、裸足ではいることになる。私達は靴カバーを付けたよ。Imgp3235 これはわしの足です。

 そして近くに寄って見ると、細かい細工に改めて驚く。いや~凄い細かい彫刻。旦那と、こういうの作っていて、「あっ、やばい!」って感じで間違えて彫りすぎちゃったりしているところが一切ないのがすごいね~、こんなに沢山彫刻があるのに。なんて間抜けな会話もしながら、見入ってしまう。Imgp3237

 植物と唐草模様のような彫刻が繰り返されているのが、非常に美しいです。この彫刻がぐるっとこの大きなお墓を取り囲んでいるのです。

 そして、この彫刻の上を見あげると、こんな景色になっている。

Imgp3240 遠くから見ると、彫刻みたいに窪んで見えるところには、コーランらしきものが、黒く刻まれています。

なんて刻まれているのだろう?成仏する為に(あ、成仏は仏教用語なのか・・)安らかに眠ってくれというような言葉?般若心経みたいな感じの言葉なのかな・・・。

 中に入っていくと、棺のレプリカのようなものが中央に座しています。周りにやっぱり彫刻のようなもので囲まれている。中に入ると、ひんやりとした感じで、タージ・マハルに打ち付ける風が中で反響し、共鳴し、ゴオオオというような、音を立てていてちょっと恐い感じだった。夜、ここに一人で来たら相当恐いだろうな。この内部については、写真撮影×なので写真は有りません。

 実際の棺は、階段下に納められているのだが、そこには(爆弾を置かれた事件があったので)鎖やネットが張られ、中に入れないようになっている。でも皆腹ばいになってこの棺を見ようとしていた。

 中から出て改めて見ると、後ろに、川が流れているのが見える。 Imgp3247

 緩やかな川で、舟に乗りながら、見物している人もいたりして、ああやって見るのも、とても贅沢だよね、と思った。

シャー・ジャハーンは、この川の向こうに黒大理石を使った自分のお墓を作ろうと思ったらしいけど、何となく個人的には、白タージひとつで良かったような気もした。絶対無二の存在であるほうが良い様な気がしてしまったので。

 タージ・マハルを満喫すると、入り口のときに感動していた門が、いまいちショボく見えてしまう。多分頭がおかしくなっているからだと思うけど。あれも十分すぎるほどの建築物なのにな。

 満足して階段を降りると、ちょっと疲れたので、他の観光客のように、芝生で寝転がりたいなと思い、寝転がってみた。とても気持ちよかったな。 Imgp3249

 もうこの頃の時間は日の入りの頃になっていて、夕方のタージ・マハルの姿も見ることができて、良かったな。

満月の夜も幻想的で良いみたいだ。(その場合窓からタージ・マハルが見えるホテルに泊まるといいのかも)でも私達が行った時期は新月だったので、残念ながら夜月に浮かび上がるタージ・マハルを見ることは出来なかったけどね。

 そうこうしながら、タージ・マハルを後にしてから、ジェーンの元に戻り、飴を返してもらった。それからタージ・マハルを入るときに買ったチケットを入り口門の脇に持っていくと、ミネラル・ウォーターと交換してくれるというので、持って行ったら、旦那のは代えてもらったのに、私の分は何故かダメだった。

 あんたがダメだっていうチェックって、今、私の目の前でしたもんでしょ。これを理由に取り替えることが出来ないって付き返すのヘンでしょ。だから私の分も代えてよ。と文句垂れてみたんだが、ダメだった。残念。

 その後に寄ってきた物売りが、タージ・マハルを模ったヘンなキーホルダーを売りつけようとしてきたので、「要らないよ~」と日本語で言ったら、「要らない」という言葉を勘違いして覚えたらしく、「イラナーイ・イラナーイ」と変な物売りの仕方をしてたのにびっくり。これから日本人がきたら、イラナーイといって物を売るのだろうか。ヘンな言葉を教えてしまった。

 物売りの姿に現実に引き戻されてしまったものの、旅のハイライトであるタージ・マハルを見ることが出来て、大満足だったのでした。つづく。

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新月

 以前、強力なエネルギーをもった満月のとき、すごい圧迫感があり苦しい時がありました。体のリズムがおかしくなって一日が長く感じたりして。

 今日は新月なのか、ボケてます。朝も大分ボケてましたが、今も何かボンヤリしてホエ~っとしております。

 さすがに仕事中に瞑想しないので、それとは違うと思うけど、目を瞑ったらすぐそういう状態に入れそう。

 新月の時は瞑想に向いているというような話は聞いて事があるけど。今色々願い事とかしたら叶うかしら。

 はっ。今書いていて気付いた。

 sarahさんが、瞑想状態の時に願い事をすると、潜在意識に刷り込まれて願いが叶い易くなるっていってた話と、新月の時にお願い事をすると叶うっていう話が、自分の中で今、リンクしてしまった。そういう事か・・・・。

 さて今回の新月では何を願おうかな。

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いまさらですが、Kranti WS

 ずっと前にうけた、クランティのWSのことを途中まで書いていたのだけど、なんやかんやで続きを書いていなかったので、一応アップしてみたりしました。興味ある人は見てやって下さい。なんて書きつつ、大したことは覚えておらないので、内容はショボイです。もう一度習いなおしたいわ~。という気分だよ。

 日曜日のWeekend yogaの、クランティのレッドクラス受けに行ってみようかな。ここの教室お値段が良心的だし。

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何かの間違いでは

 今日朝支度して、家を出て駅に着いて気付いた。

 あれ~なんでこんなに人が少ないんだろ。金曜だから?これから連休だっけ?(ちがいます)

 新宿についても異様な人の少なさに、慄く。あれれ。妙に歩き易いなあ。なんで?

 ・・・と何気なく電車発車時刻の電光掲示板を見たら、まるまる一時間早かったのでした。そう、今日は8時に家を出たのかと思ったら、7時に家を出ていたのだった。

 自分のボケ具合にも驚愕だが、このまま体質が変わってもうちっと早く起きられるようになったら、朝練ももっと楽に行けるかしらんと、ぼんやり思ってしまったよ。

 結局仕事する気にもなれず、お茶飲んでから出社したのでした。

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久々のレッドクラス

 昨晩はレッドクラスに行ってきた。今は仕事が落ち着き気味なのと、少しヨガへのモチベーションが上がったということで、結構頑張って通えている感じ。

 合宿という名の荒治療をきっかけとして、身体がヨガやりましょうっていう方向に傾いたんだと思うけど、実際ヨガをやるようになったことで心身の毒素が流れ落ち、精神も健全になってきたような気がする。やっぱり身体と心って繋がっているんだと思ってしまった。

 朝は起きるのは辛いけど、組み込むと、一週間に通える日にちが増えるので、やっぱり毎日は全然無理だけど、コンスタントには通っていたいなと思ったりした。朝ちゃんとヨガできると一日が違うような気もするしな。

 今は、通っているっていう事自体で幸せな感じがするから、アサナの上達なんかどうでもいいや、って感じ。ただ呼吸に集中しているだけで、日々のつまんないことも忘れられるし。何かこういうの忘れてたなあ、わし。

 とはいえ、今は落ち着いているけど、来月からまた仕事量が増える(というか大きな波が来る)から、また通えなくなってしまうかもしれない。毎日疲労して、体力が段々落ちてきたら、朝通えるだろうか?なんてことも思うが、今は考えるのはよそう。

 実は、神プラの夜のレッドは、すごく久しぶりでありました。多分、神プラが模様替えしてから初だと思う。ブランクなげ~な。マイソールのクラスばかり通っていたというのもあるけれど。

 まず、とても混んでいて、びっくりした。レッドってもっと空いているイメージだったんだけど、いつからこんな風になっちゃったんだろうか。混みすぎていて、前の人のチャクラーサナが毎回顔面に迫ってきて、ドキドキしちゃったよ。そのせいでか、気圧されてしまって、自分はチャクラーサナ出来なかったりして・・・。

 混みすぎのクラスは、エネルギーが充満していて凄いけれど、ちょっと自分には辛いな。すごく頑張って朝のレッドにするべきか。(なんてことを書くとプレッシャーになってしまうけど)

 ただ合宿時のレッドでヘロヘロで死にそうになって潰れていたレッドも、最近また練習するようになったせいか、体力的には大分楽になった、というか少し戻った感じがしたから楽になったし、ほっとした。

 あまり時間なくてゆっくりお話できなかったけど、よしよしさんや、sarahさんにもお会いできて嬉しかったわ。あとはみなみさんに、何ヶ月ぶりかでお会い出来たので、みなみさんとお茶して帰ったりしたよ。や~ヨガをやっている人とのお話は楽しかった。こういうの久しぶり。

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あんなに意気揚揚としていたくせに

 今朝起きられなかった。気付いたら朝6時だった ( ̄д ̄|||

 それでも6時ということで、自分的には十分エライのではあるがな~。

 出来た人なら、1時間宅ヨガするのだろうが、「もうこれじゃ神プラ間に合わないじゃん!!」と、寝ぼけながらフテ寝したため、いつもと同じ朝になったのであった・・・。嗚呼。

 まあでもまた頑張ります。今日一応ウェアだけ持ってきたので、行けたら行きたいわ。もうこれから、仕事振り切れるときは、成るべくヨガにも行く事にする。

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朝練が気持ちいい

 2回目の朝練に行ってきました。

 前回の朝練の後、インド旅行が入ったり、GW明け起きられずで全然行ってなかったけど、今日は何とか起きられたのでさ。というか極度に朝弱い私がかけている、雷電というメチャメチャうるさい目覚まし時計の音で先に起きた旦那が半分キレながら起こしてくれた。旦那よすまん。

 6時20分頃から始めて、19時40分ぐらいまで練習。

 今日はスプタクルマーサナまで行けました。それからバッグベンド、シャバサナに入れたので、朝にしては色々できて満足度が高かったな~。もう大分暑くなってきたみたいで、噴き出る汗の量が増えてきたよ。スリヤナマスカラぐらいで、頭からドワ~~と汗が滴ってきたと思ったら、首から肩から結構出てきた。

 朝やると確かに体が覚醒される感があって、気持ちいい感じがする。これが習慣化されるといいんだけどなあ、なんてことを殊勝にも思ってしまったよ。

 おかあさーん、おかあさーーん、見てますか。あの朝が全くダメ人間の私が変わろうとしています。驚くべき進化ですよ。

 ということで、明日も朝頑張って行きたいなあ。なんて書いていて起きられなかったらカッコ悪いけどさ。

 それはそうと、自分の中で、置いてけぼりになっている、インド旅行のタージマハル編以降は、また体力が有る時に書くつもり。だいたい記録で残しておきたいことが多すぎるんだよな~。

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LIVING YOGA

  ずっと待ち焦がれていた、クリスティ・ターリントンの、「LIVING YOGA」の翻訳版が発売されていたので、迷わず購入してきた。ずっと出るのを待っていたから、本当に嬉しかった。これから日本語で読めるのね。

 クリスティは10年以上前から憧れていたけど、遠い存在でもあったから、この本で彼女自身に触れられるのは、とてもワクワクします。

 この翻訳版、洋書版よりも縦長になっていて紙も軽い紙を使っているからか、読んでいて負担にならないしざっとめくってみた感じ、彼女の美しいアサナの写真が満載で目にも麗しい。だけど単に美しいだけじゃなくて、パラパラめくって読んでいるだけでも、かなり真面目にヨガをやってこられたんだなあと思わせる質実剛健な印象です。

 彼女の今までの半生、ヨガに対する思い、アサナの解説、流派毎の説明、呼吸法、インドの神様などが、彼女自身の言葉で、とてもまじめに纏められた本だなあという印象でした。

これから大事に大事に読んで行きたいなあと思わせる本でした。楽しみ。

リヴィング・ヨガ―YOGAのある生活 Book リヴィング・ヨガ―YOGAのある生活

著者:クリスティ ターリントン
販売元:BABジャパン出版局
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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インドに行ってからの、何となくの気持ち

 旅行したことで、また思ったこと。ちょっと暗いので、嫌な人はスルーしてください。

 海外に行くといつも思うのだけど、海外に渡って自分が「外国」にポツンと居ることで、自分の存在の小ささ、日本にいる自分の「居場所」の小ささをとても感じる。

 インドの、時の流れのたおやかさ、人生を生きる力強さ、人間臭さ、テキトーさ、宗教感、死生観、そしてインドはあくまでインドであり、そしてそれらが包括されて成り立っている世界。

 旅行者として通過しただけだから表面的な一部分を見て美化するわけではないけど、日々自分の周りで大事だと思っているような事柄は、インドだったら、結構重きを置かれていないのかなと思ったりした。何だろう、この呆気なさ。

 自分自身は日本人であるけど、普段は日本人です。なんてことは考えず、ただの私として存在しているけど、外国に放り出されて初めて日本人であり、自分自身の存在を強く認識する。また、塵同然の自分も認識する。私が私であることを強烈に意識する。

 ただ漠然としてしか自分を認識していないから普段気づかないけど、日本人として普通に生きている自分じゃなくて、どこの国の人間でもなく、ただ一人の人間として考えたら、私の生き方はどうなんだろうなんてことも。

 インドは貧富の差が激しいから、「恵まれた」日本で、職を得ているだけでも凄い事なのかもしれない。私のような人間はこの世界でほんの一握りで、あと大多数の人は貧困の中で生活しているのだから。

 そうして物質的な恩恵がある代わりに、精神的な何かとても大事なものが欠落あるいは、病んでいる部分があるのかもしれないなんてことも考えてしまったりする。

 物質的に恵まれていなくても、情があったり、もっと日々ほっとする何かがあったり、そういうものってどうなんだろう。物質的な恩恵を得た代償で失っていないだろうか。

 そして普段の生活で、チマチマ小さなことでキリキリ舞いし、どうでもいい人間関係で精神をすり減らし、人生の時間を費やして会社に尽くし、それがどれほどの価値があるものなのか?私がしていることは、小さい針の穴で、沢山の小さな穴を開けるような作業みたいだな、私はこの人生何をする為に生まれてきたのかな?こういう人生を歩みたいのかな。

 私が置かれている環境は、自分で選んでいるという現実と責任があるから、いくら「会社の仕事厳しいなー、評価システムも厳しくなったなあ、責任も仕事量も増えたし大変だな」と思う気持ちも自分が選んだ環境に所属する結果でしかないのだよね・・・。

 いろいろ手放せないから、今の状況にあるんだけど、手放せないものが多いんだよな。

・一切収入を失い旦那さんだけの収入になると、生活が辛くなる気もするし、先の長い将来の生活も厳しくなるのではないのかという気持ち。

・(旦那といえども)親以外の人に養われて生きたくないという気持ち。何故かこの気持ちは強固に自分の中にある。というか養われている状態に慣れてしまうと自分がダルダルになってニートのような人間になってしまう気がする。

・今までの仕事がどこか好きな部分もあるせいか、続けたい気持ち。現状維持したいということかな・・・。(それにはもう少し量を減らしてもらうべきだが)

・働くからには、有る程度の評価を受けたい気持ち。(使えね~と思われたくない変なプライド)

・辞めてしまったら、再就職できるのだろうかという不安な気持ち。こういうのがあった。

手放せないものに、「自分を大事にする」というのが入っていないのが気になったので、とりあえずGW明けの今は、仕事は以前ほどカリカリやってならなくなったし、ダメだと思ったらサッと帰るようにしているし、出来ないと即無理だとか言うようにした。

 私は案外これが出来ず抱えてしまうところがあったから、自分を守る上ではこれぐらいしないといけないな、今更ながら。でもGW入る前の自分より今の自分の方が精神的に健全な気がするので、これぐらいでバランスが取れるんだってやっと分かった。

 とはいえ、今の環境は、誰一人も失えない状況、さらにこれからの1年は会社に翻弄される試練の年だって分かってるから、またもっと忙しくなって、今日中にこれをやらないと生産に支障を来たす、会議に間に合わない、なんて事を言われたら、また帰れなくなっちゃうかもしれんが、前ほどカリカリやらなくてもいいかなあと思う。無理なものは無理だし。

 対人も前より神経質に考えなくてもいいかとテキトーになった(笑)、5月病の気もあるのかもしれないけど、ちょっと開き直ってきた。なんか小さいところで防衛本能発揮してきたな~。でも必要だよな。

 以前から私は、「もっと手放した方がいいことが沢山ある」というコメントも貰ったりしてたので、会社でいい人だと思われたいとか、仕事で評価されたいとかいう気持ちをどっかガンジス川にでも捨て置いてきたのかもしれんな。手放せたと思いたい。

 今回の長いお休みで、インドに行って自分を客観的に見れたことで、どうやって自分を守っていったらいいのか。のみさんのいう、アンプラグがここにあったのかもしれない。

 情報量、受信量を減らすことで自分を守っていくようにしなくてはと、体中そう言っているのかもしれんな。早期退職者制度の月数が出たら、スパっと止めたりして(笑)なんてね。そう、今はまだ踏み切るタイミングではないのだよな。

 ただ今はこうでも、これからはどうなんだろう?10年後は?もっと先は?と思うと(-_-)

 変化があれば、その先に何か大きなことがあるような気もする。いや、どうなんだろう。でも未来は明るく考えていたいわ。

 結局まとまりの無い終わり方になってしまったのに、ここまでお付き合いいただいてありがとう。

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初アイアンガーヨガ

 今週の水曜日、会社同期のYちゃんとLOTUS8の、アイアンガーヨガを受けてきました。受けよう受けようと思っていながらも、なかなか行けなかったアイアンガーヨガなので柳生直子先生のクラスにしました。LOTUS8も実は初めて。近くて遠い場所になってしまってたので。

 同期のYちゃんのお母さんは、なんと以前はIYC荻窪の早朝クラスに通い、アシュタンガヨガのティーチャーズトレーニングを受講・資格取得していたりするパワフルなお方だがYちゃん自身は今までヨガはしてないんだそう。だけどアシュタンガは入口にすると、最初はあまりにハードということで、好き嫌いが分かれてしまうかもしれないと思い、アイアンガーにしたのでした。

 LOTUS8は皆さん仰っているとおり、清潔でオサレ~な感じのスタジオでした。クラスを受講している時も、ホワ~~って良い匂い漂っているし、アイアンガーに使うプロップ(紐・ブランケット・ブロック)もなんか小洒落ているし。

 一通りやってみて、アシュタンガヨガとアサナが殆ど同じなので親しみやすい印象がありました。もちろん順番や流れは違うしすべてが同じアサナではなかったけど。

 パタビジョイス師とアイアンガー師の大元の先生が同じだけあるのね。

 アサナを取る時も、右足は90度に右で、左足は60度ぐらい向けてとかいう細かい指示の元に、更に正確なアサナになるようにアジャストを入れてくれたりする。

 ウッティタ・トリコーナーサナの時、プロップを使ってという指示があったのに、ついアシュタンガ風に親指を取ってしまったのだが、その時直子先生からプロップを使ってね!と言われてしまい、さらにアジャストを入れられて、ああ、これが本来の形なんだな。と体感。

 成程、アイアンガーが勉強になるというのはこういう事なのかと実感したよ。

 直子先生のハキハキした声が気持ちよく、私まで元気になったような感じがしたし、体中が満遍なく伸びて気持ちよかった。

 とはいえ、アイアンガーは自分にとってアシュタンガをより良くしていく為のヨガかなあという感じもあり、アシュタンガほどは通わないかもしれないけど、たまに顔を出したいクラスだなあと思いました。

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インド旅行記~5日目~①

 明け方何度も目が覚めた。やっぱり寒くて体が震えてしまう。冷気がモロに来るのだよ。

 トイレも4回ぐらい行ったかな。何度も何度もトイレ。まだこの時は下っては居なかったんだけど、どこかで緊張していたらしく、すぐにトイレに行きたくなったのだった。寝台もだいぶ慣れた感がある。こちらが慣れてリラックスした顔になったからなのか、周りのインド人も穏やかに見える。

 相変わらず電車の揺れがドカドカと激しいけど、もうこういう振動には慣れてしまったよ。

 周りのインド人も起きだしてきたので、3段目から降りて、毛布とシーツを畳んで、席について景色をボンヤリ見ていた。インド人はあまりきれいに布を畳めない(ということはないと思うけど)旦那はこういうのキッチリしているので、周りのインド人の毛布まで畳んであげて、何だか喜ばれていた。

 アグラへは朝の7時3分に到着予定だったのだけど、2時間遅れた。

 やっと駅につき、駅の階段を登り、駅の外に出る。ヴァラナシよりは整備されているような気がした。駅からバスが止まっているところまでしばらく歩いたけど既に暑い。Imgp3129

 バスに到着、ホテルに向かう。ホテルに向かうまでの間は、爆睡した。寝台では、バックパックを庇って、無理な姿勢で寝ていたから余計寝れなかったからやっぱり疲れていた。

 ホテルについて、荷物をバスから取り出す時に再び、暑い!って思った。40度はもうゆうに超えていると思った。ホテルに入って、ジェーンにチェックインの作業をしてもらう。このホテルには、タージマハルのきれいな写真が沢山貼ってあって、ああいよいよなんだ~とダルい気持ちながら、少しモチベーションが上がったりした。Imgp3133

 部屋に入ってみたら、さすが暑い町らしく、エアコンが効いている!今までの一番の涼しさだ。今までの部屋は、生ぬるい(決して快適な感じではない)ところばかりだったので、ちょっと嬉しい。

 ホテルを出ると極端に寒いか、暑いかって感じだったし。

 古いエアコンから出る音が五月蝿いが、そんなのいいや。毛布もあるしゆっくり休みたいという気持ち。でも朝ごはんがあるんだ・・・。だんなと朝ごはん行かなくちゃダメかなあと話していたが、ツアーグループの人とは、席もぴったりつけていつも一緒にご飯を食べていたってのもあって、頑張って行くことに。

 ホテルで、コーンフレークに、トーストとオムレツを食べて、チャイ。朝ごはんのスタイルもいつも一緒なのだが、この朝ごはんが一番お腹に優しくて良かった。

 午前中は、部屋でゆっくり休めることになった。寝台の疲れがあったから、旦那も私も昼ご飯まで熟睡してしまった。

 目覚ましが鳴って、お昼だ。お昼はやっぱりカレーを食べる。どこで食べても同じメニューが同じ順番で出てくるので、覚えてしまった。

 野菜スープ→カレー数種類→インディカ米ご飯・ナン→野菜炒め→チャイ

 やっぱりチャイは美味しかったなあ。温かいし、これを飲むとお腹が落ち着く気がする。

 で、昼ごはんが終わった後は、まずアグラ城、それから念願のタージ・マハルである。

 バスに乗って、アグラ城に向かう途中で、車窓からチラっとグレーっぽい建物が見えた。遠めだとグレーに見えるが、タージ・マハルだ。もっと後の楽しみに残しておいても良いような気がしたが、見えたら見えたで、ちょっと嬉しい。Imgp3139

 そうこうしているうちに、アグラ城に着いた。アグラ城は要塞という言葉がぴったりの、1,565年から10年かけてアクバル帝が建てた、ムガル帝国の権力を象徴する建物。そして世界遺産。

 外から見ると真っ赤な城壁が印象的である。城壁の高さは20m、長さは5km(現在は2.4km)で巨大である。

 今は観光用に開放しているだけでなく、約80%が軍隊が使っている。結構な量歩いたような気がするのに、たった20%だったなんて、この城のでかさを感じたよ。

 入り口で水を買ってから、どんどん奥に入っていく。

Imgp3146

 この城をはじめ、インドの遺跡に来ていちいち思ったのは、(こんなことを思うのは私ぐらいだろうが)、ドラゴンクエストの世界みたいだったこと。立派な城があって、マハラジャの邸宅みたいなのがあって、なんか雰囲気が似ているんだよね。

 ドラクエって何となく日本人の心をくすぐる、なんていうかエキゾチックな雰囲気(日本的ではないけど、何となく懐かしいような感じがする)があるけど、インドの遺跡ってそういう感じがあるような気がしたのだよね。アジアとヨーロッパが混じったような雰囲気。

 マハラジャの邸宅なんてさ、両サイドにやしの木とか生えていたりして、メダル王が小さなメダルと、景品を交換してくれそうな雰囲気だし、城の感じもねー、ドラクエっぽいんだよね。

 なんてねー恥ずかしくて旦那にしか言えなかったけど、旦那は分かってくれたので、さすが私の旦那って思ってしまったよ。(笑)歩いているとドラクエの曲が掛かってしまってどうしようかと思った。インドにまで行って、アホだ。Imgp3167

 あ、そうそう、この城は下水処理もきちんと行っていたらしく、下水を集める濠みたいなものがあったよ。

  やっぱり全体的にきれいに整備されて行き届いているような感じがする。

Imgp3163_1そして彫刻がやっぱり凄くて感動してしまった。これを作った当時ってのは、ペルシャが洗練されていて憧れの場所だったらくて、ペルシャの様式を取り入れているんだそうだよ。ちなみにこの当時の王様はペルシャからお后を迎え入れてたりするんだそう。

 嫁にもらうなら、ペルシャのきれいな女性でしょ。っていう感じだったのだろうけど、タージ・マハルのお墓もペルシャから来たお后に捧げられた建物らしいから、どんな嫁だよ、って思っちゃうよ。外国からきたお后の為に、国が傾くぐらいの費用をかけて作るなんて。なんてことを思ってしまう。

 この城は、外見は真っ赤なんだけど、内部は大理石が沢山使われていて白が目立つの。タージマハルを作ったシャー・ジャハーンも、この建物に手を加えているんだけど、どうやらタージマハルのクレイジーな総大理石にしても、この城の内部の大理石にしても、理由が「白が好きだから」という何ともシンプルであり、拍子抜けする理由だ。Imgp3198

 白が好きだから、国中の大理石を運ばせて、作っちゃうなんてさ。平民には到底浮かばない発想だよな。まあだからこそ、後世にこういう立派な建物が残っていくわけだけども。

 しかし凄い建物だな~。(平凡・平民な感想)

 ジェーン曰く、この王様は、建築物おたくで、しかも高級志向。そんななのにバンバン建てたから、国民には嫌がられていたらしい。同じ次代の平民に生まれていたら確かに嫌かも。

Imgp3197 これは、噴水跡。ゴージャスであります。

噴水があったなんて、優雅だにゃ~。Imgp3201

 そして床も大理石だよ。全体写真がないのが残念なんだけど外見からは想像できないような白の世界が広がっておりましたよ。

Imgp3196 これは柱なんだけど、こういう柄が多かったよ。

植物をとっても細かく美しく描くの。とても綺麗だったよ。

ほえ~。

あ、タージ・マハルだ。Imgp3177 でも、ちっちゃ。

 タージ・マハルを作った、シャー・ジャハーンは、息子に権力を奪われた後に、この城に幽閉されて、タージ・マハルを見ながら息を引き取ったみたいだから、この景色を見ながら晩年過ごしたんだなあ。

  ここは、王様が民衆に謁見した場所。Imgp3210この写真には無いけど、この建物の奥には緑が広がっていて、緑と白のコントラストがとても美しかったよ。

 やっぱりドラクエっぽいんですけど。私だけか?

 と、広ーいアグラ城をグルグル回って疲れたので、タージ・マハルはこの後に、つづく。

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息抜きに

 ずーーーーーーーーーーーーーっとインド話をエントリーし続けていますが、一応ヨガやってます。って威張れるほどやってないけど。何となく、チマチマ神プラにも通ってはいるのよ。ちょっと息抜きも兼ねてヨガのほうを。

 今日は、残業後に、夜9時15分からの、みゆきさんのベーシッククラス出てました。残業で疲れた後に行くのはハードかもと思ったんだけど、最後にはとても気持ちよく体が伸びて、やっぱり行って来て良かったなあって思ったよ。汗も肩から出てくるほど沢山かいて、毒素も抜けた気がする。

 みゆきさんのクラスは2回目なんだけど、優しいし、ポイントを押さえていろいろ教えてくれるので、リラックスした気持ちでレッスン受けられたし、為になったよ~。

 最近マイソールクラスばかり行っているせいか、段々自己流になり、さらにカウントも勝手に早め(特に嫌いなアサナで)にして、崩れていたので、基本を習えて良かったよ。たまに軌道修正しないとダメですね。夜のクラスは残業後のサラリーマンチックな男性が多かったよ。そんな感じの夜でした。

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インド旅行記~4日目~④

 4日目だけで、なんともう4本目だよ。まあでも、この日は沐浴を見に行くために、朝5時から、夜10時40分発の夜行に乗るまで、ずっと動いていたせいか、とりわけ一日が長く感じていた日であったのだと思う。

 ヴァラナシのホテルを出発して、バスで駅に向かう。次はタージマハルのあるアグラに向かうのだ。タージマハルは、私が子供の時に初めてその存在を知った日から、ずっと一度は行ってみたいと憧れていた場所であった。それがついに明日見ることが出来るのである。でも未だ、いまいち現実感がない。タージマハルが見られるなんて、夢の出来事過ぎて。

Imgp3124

 駅についてからプラットホームに下り立つ。前も思ったけどインドのプラットホームってのは、日本のそれとはえらい違いだ。これから乗る寝台特急の中でも、階層別になっているせいかいろんな身なりの人がいる。

インドの寝台特急に乗ったというと、強烈な体験と思われるだろうし、実際そうかもしれないのだが、実は列車でも寝台部分というのは、有る程度裕福ではないと乗れないようだ。だから、周囲はインド人だらけとはいえ、きれいな洋服を着ているし、携帯電話も使い、決して貧しい印象は受けない。むしろきちんとしているような感じがして想像していたほどの恐怖感は感じなかった。

 寝台に乗れない人たちは、12時間以上普通の(固い)座席で過ごさなくてはならない。思うように眠れないし、腰への負担などを考えると辛いだろう。

 インドの子供といえば、物乞いばかり見ていたが、ここの駅には、きちんとしたジャケットを着てきれいなズボン、ハイソックスに革靴のような典型的なお坊ちゃんのような格好の子供も居たりした。でも、ボロボロの服を着ている物乞いの子みたいな子も沢山いる。

 このボロボロの服の物乞いの子の一人が大事に持って遊んでいたものが、自転車から外れてしまったタイヤで、これを転がしながら一緒にダッシュで走って遊んだり、タイヤだけを転がしてそれに向かって走って、と常に走り回っていた。ドキドキしたのは、私たちの近くにもいた、ホームの野良犬にやたらちょっかいを出していたことだ。前回も書いたようにインドでは狂犬病の心配があるので、うっかり巻き込まれて噛まれたらどうしようと、緊張していた。しかも昼間はグダグダしている野良犬も夜になると動きが機敏である。この子供に向かって歯茎をむき出しにして吠え立て恐ろしい。頼むから向こうでやってくれよ・・・と落ち着かない。

 ふと見ると、プラットホームなのに、野良牛まで歩いている!Imgp3123 ありえないのだが、こういう事態も、だんだん受け入れられるようになっている自分もいて、それにもびっくりだ。

 私は、その時普通に「あー牛が歩いているな~」と、のんびり眺めていたのだ。だんだん、インドに染まり、いろいろな事象を受け入れ始めている。

 さっきの子供が牛に気づき、牛にもタイヤをバンバン放りなげてけしかけ始めた。さっきまで悠々と歩いていた牛が反応し、周りに緊張感が走る。さっきの犬も怖いけど、瞬間的に闘牛の牛を連想し、猛々しく暴れたりしたらどうしようと、ガクガクブルブルである。

 でも、牛はインドでは聖なる使い、怒った周りの大人が子供を諫めて、何とか牛が暴れる事態にはならずに済んだ。

  インド人はプラットホームから線路に降り、線路を歩き反対側のプラットホームに渡るなんて芸当は普通にやっている。まずあり得ないし、日本のホームみたいに緊急で逃げ込むセーフゾーンなんて無いのにと、驚いた。

 でもインド的には有りなのだろうな。さっきの子供も、たまにタイヤを線路に落としたりして、何度も取りに降りては登り、疲れると縁に腰掛けて足をブラブラさせてみたりして、やっぱり普通に行っているのである。

 JRなんて線路に人が立ち入ったら即座に電車に止まるようになっているから、こんな風に普通の営みとしてやられちゃうと、呆気に取られてしまう。

 さっきから、「次は○○行き~」みたいな放送がジャジャジャジャジャーーンという派手な音と共に鳴り響いているのだが、一向に列車は入ってこない。少し遅れているらしい。でも寝台は2回目なので、前回よりも少し落ち着いて待っていたりする。

 と、皆で待機していると、インド式ヤンキーというかチンピラみたいなのが4~5名近くに寄ってきた。10代後半でで悪そうでさらに頭も悪そうな長髪のチャラチャラした若者である。

 ちょうど私の左隣に腰掛け、ウォークマンみたいなのでシャカシャカ音楽を聴いている。Jポップならぬ、Iポップか?今風の音楽なのだろうが、インド風だ。インド風のシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカという音楽。

 不穏な雰囲気の上、何となく急に居心地が悪くなり、旦那とジェーンを探しに行くフリをして席を立とうと話してさりげなく席を離れる。でも何となく今の方向を見られない。ウロウロウロウロしながら、周囲を見たりブラブラ歩いてみたりしてみる。

 そこに、やっと電車が到着。旦那曰く、この全員が一斉に立ち上がったこの瞬間、さっきの悪そうなインド人ヤンキーが旦那の後ろに廻り込んだらしい。旦那がそれを感じてサッと後ろを見たら、そのヤンキーはサササと逃げたようだ。

 もしかして、バックパックを切り裂いて何かを盗もうとしたのかもしれないな、と話し、ちょっと背筋が寒くなった。

 さっきのヤンキーが一緒の電車だったら寝られないね。と話しながらも、ジェーンから指示された場所に行く。2回目に乗車したのは、もう深夜になっているので、もう何人かのインド人は就寝に入っている模様。

 私はなんと今回は3段ベッドの最上階になってしまった。でも観光客は上の段で寝た方が安全だと思う。一段目で寝ていて物を盗られたり、最悪レイプでもされたら、シャレにならない。チケットを買うときは、そのような指導もあるらしいが。

 初回でも上の段で寝たし、上に登る要領は得たので、登ってから物音を立てないように、シーツと毛布を敷いてみる。旦那は私のすぐ下の段だった。2段目は、私のところよりも更に狭い。体の大きな旦那は非常に窮屈そうである。

 2段ベッドはスペースがあって快適だったが、3段ベッドはスペースがなくて、とても狭い。ヨガで前屈が上手くできるようになっていて良かった。ダンダーサナみたいな状態だと頭がつかえてしまう。ちょっと前に出るときときは、修善寺リトリートでもやった、坐骨歩きなんかもやってみる。

 そして更に、冷房の噴出口の正面(隣の島はモロに浴びるであろう)になってしまった。冷気は下に降りていくようになっているが、さすがに正面だと冷風が来て寒い。服の上に長袖パーカを着て毛布を掛けて寝ても寒い。実は旦那は、前回の寝台特急の冷房でお腹を下して復活が厳しい状態にあったので、自分もついにお腹が下ってしまうかもしれないと、戦慄。毛布の上にもう一枚シーツを掛けても寒い。心配だ。お腹下ったら大丈夫だろうか。ホテルからかっぱらってきたトイレットペーパーだけで足りるだろうか?

 隣の島の3段目にはインド人の女の子がサリーを着ながら果敢に上に登り、丸まっている。寒くないのだろうか?と目をやると、こちらの視線に気づいて、にっこり微笑んでくれた。

 私は簡単にメイクを落とし、コンタクトを外すと、急に眠気が襲ってきた。寒い、寒いと思いながらも、ハードな4日目の疲れでドロドロになっていたせいか、気がついたら眠っていた。つづく。

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インド旅行記~4日目~③

Imgp3073  先日書き忘れたが、お昼前にシヴァ神が祭られている、ヴィシュワナート寺院ってところも行った。実は私の旧姓は、「シバ」というので、シヴァ神というと、何となく妙な気持ちになります。

 ここも裸足で中に入るのですが、入っていくと、男性の手が届くぐらいの高さに鐘がいくつも設置されているので、通る人通る人、皆カーン、カーンと次々に鐘を鳴らしていく。ここの中央奥にはあのリンガが祭られている。

 リンガって何かって、思春期の青少年に説明しづらいヤツですよ。(詳しくはリンクのほうを見て)インドではこういうものが堂々と祀られているからすごい。しかも白い花とかきれいに飾りつけしちゃってるし。すごい感覚だ。でもエロくなくあっけらかんとしているんだよな。

 その祭られているリンガから流れる水を皆、自分の頭にうやうやしく垂らしているので、せっかくだから私も垂らしといた。少し色気でも出るかしら?違うか。色気を出すために垂らしているわけじゃないですね。すんません。

 でもやっぱり神聖な雰囲気なので、その空間で座禅を組み瞑想をしているインド人もいたりする。

 そうそう、ここの中庭では、インド人達がヨガの練習をしていた。暑いので、みな修行に見えちゃう。でも、ヘッドスタンドなんかも楽しそうにしていて、自分も何となく参加したい気持ちになるものの、ツアー中なので断念。

 そして、そんな彼等を見ながら、基本的に、ヨガを朝練習をするのは、こう暑すぎる昼間だと練習にならないからなのか?なんてことも思ってしまった。まあ、ヨガを朝やるのは、午前が排出の時間だからだとか、ヨガのような排出の行為を午前中にやるのは理にかなっているだとか、活性化させる作用があるからだとか云うけど、こうも暑いとな。

 そして、倒れそうな暑さのなか、水を飲まないで延々と練習するアシュタンガなんて到底無理だとも思ったのであった。マイソールの暑さは知らないけれど。

 サル・ナートへはお昼ごはんを食べてすぐに出発した。摂氏45度ぐらいあるんじゃないんだろうか?湿気が少ないのが救いだが、ミネラルウォーターの残量が一本のうち4分の1ぐらいになると急に不安になってくるほどだ。インドの暑さには、本当に頭がクラクラする。

 幸い、各遺跡の前には、ミネラルウォーター、ミリンダ(ファンタみたいなジュース)、ペプシ等、冷えた飲み物が売っている露店があるので必ず買うような格好になる。ひとつの見所を見るのに、一人ずつ1リットルのボトルを持っていないと、不安だったよ。

 次はサールナートであるが、やっぱり飲み物を入手してから。

 まずは、ムルガンダ・クティ寺院に向かう。寺院の中は靴では入れない。よって入り口で脱いでから入るのだが、床が太陽の熱で焼けて、とてもじっと立っていられない!靴入れから寺院までの十数歩だけで足の裏の皮が剥けるかと思ったな。Buddhamdv

 この寺院の内側の壁面には、仏陀が生まれてから涅槃に入るまでの一生が美しく描かれている。そして、何故かこの壁面の絵は、野生司香雪っていう日本人が描いている。

 わかりやすく仏教の考えなども盛り込ませたりもしているのだが、なんとなく漫画チックな感じがしてしまう。戦前に描かれたものだけど、今の日本の漫画のルーツとかもこういうところに案外あったりしてなんてこともぼんやり思いながら鑑賞。そして日本人が描いた仏陀の絵なので顔の感じは日本の仏像ぽいですね。(インドやタイのものとは違う気がする)

 この絵の場面は悟りを開いたところに魑魅魍魎共が、邪魔立てしているところです。

 この寺院の中はひんやりしていたので良かったが、下界は猛暑である。本当に暑かったよ。その後、ディア公園内のダメーク・ストゥーバに向かう。Imgp3105

 ストゥーバってのは、釈迦が涅槃に入ったときに嘆き悲しんだ弟子や使徒が、遺骨を埋めたところに土を盛って塚にしたものを崇拝の対象にしたってのが始まりなんだそう。それがこんなにでかく、巨大化したわけです。そして日本には五重塔とか、三重塔とかの形で伝わってるんだってさ。

 また、言葉のほうは、「卒塔婆」として伝わり(ここにも塔って言葉が入ってるけど)、こっちはお墓の後ろに法事の後に置いたりする板に形が変わってたりする。大元はひとつなのに、二つの形に分裂してるのがおもろいですね。

 このストゥーバの周りには、紀元前三世紀ごろに、アショカ王って人が、沢山のストゥーバ、お寺、柱などを沢山立てたことから、7世紀には、仏教の地として、寺院や施設が数百以上も建てられ、1000人以上の仏教徒がここで修行したり学んだりしたらしいけど、ムスリムっていうイスラム教一派に、ことごとく施設を破壊されて荒地になってしまったらしい。1,000年以上の仏教の地を破滅させてしまうなんて、強烈。この崩壊具合を見ると、当時の混乱と恐怖も感じさせます。

 しかもこの後で見る博物館でも分かるんだけど、仏様の首という首は、斧か何かで殆ど断ち切られたりしている。最初のクトゥブミナールって遺跡でもイスラム教が施設をぶっ壊しているのもあって、イスラム教の過激さを肌で感じて怖いなあとも思ったりしてしまった。

Imgp3099

 そういえば物売りや物乞いも、ヒンズー教圏よりイスラム教圏の方が過激で、物を買わない観光客を殴ったりっていう事例もあったんだって。後日イスラム教圏での物乞い達にも遭遇するので、それについてはまた書くけど。Imgp3104

 この写真は、何の場所だったか?忘れたけど、壁に金箔が張られていたみたいで、写真のように、その跡が今でも残っているよ。

 それと、ここを歩いている間、やっぱり物乞いの子供がついて歩いてきて、ずっと「お金を頂戴、お金を頂戴、お金をくれたら、外でアイスクリームが買えるんだよ。」と哀しげな顔をしてついてきたよ。焼けるような石畳なのに、サンダルを買うお金もなくて、ずっと裸足で、足を熱い鉄板の上で躍らせるようにして、「暑いよ暑いよ。マダムのサンダルを頂戴よ。」と言う。さっき、暑い石畳の上の裸足で死にそうな思いをしただけに、これにはちょっと堪えましたな。飴だけあげたんだけど、そのせいか、ずーーっと一緒に回ってきてしまってちょっと弱りました。さすがに胸が苦しくなってしまったよ。

 そうこうしてから、その子が仲間と会った時、「もうかってまっか?」「ぼちぼちでんな」みたいな目配せをしていたけどね。うーん・・・・。ほどなくして、だめだこのケチな日本人は。と思ったらしく去っていった。次はもっと金持ちそうな外国人のところにいってくれよな~。

 この間、本当に暑くて、入り口付近のところまで戻ってから柵の縁に座り込んでダウン。水がぶ飲み。暑い・・・・。人間もダウンしているが、犬もダウンしていた。Imgp2999インドの犬は狂犬病を持っている事が多いので、野良犬はとても怖いなーと警戒していたが、こうもグダグダしていると、噛まれる心配もしなくていいだろう。

 それからこの地から出土した仏像関係が保存されている考古学博物館に向かう。この中は、冷房がガンガン効いていてうれしかったなー。だけどやっぱり脳みそが茹っているせいか、ジェーンの解説がぜんぜん頭に入らなかったよ。ごめんね、ジェーン。多分一番だらしない顔をして聞いて(いるフリをして)いたのは私ですよね。

 だた唯一覚えていたのは、インドでもライオンは権威の象徴として登場すること。

 最も有名なものは紀元前300年のアショカ王の獅子柱頭で、ここの博物館入り口中央にもあって、かなりかっこよい像なんだけど、柱の上に獅子四頭(前身だけ)が王権のシンボルとして四方を睨んでいて、仏教でのライオンは仏像を支える基壇にみられるんだって。India137

 ライオンは、百獣の王、無敵の強さを誇るとなれば、当然古代社会における専制君主の象徴になって、ライオンの持つ圧倒的なパワーは、外的や悪霊に対して有効な力を及ぼすと考えられたらしいよ。

 ちなみにライオンは古代ペルシャ派出とも言われているらしいので、昔はインドにもライオン居たのかもしれんね。仏教の偉大な力を示すためのアショカ王柱に据えられたライオン像はインドの紙幣にも刷り込まれているんだけど、このライオンの足元にある、法輪(宝輪?)は、インドの国旗の中央にも入っていたりする。だからこの像って超重要文化財みたいだよ。

 インドは、ヒンズー教がメインなのに、仏教の地から出土した印を国旗に使うってのは面白いような気もするけど、そういうことになっているみたいです。

20030501  ああ、あともいろいろ聞いたんだけど、ちゃんと覚えているのはこれぐらいっす。頭がドロドロである。

 ここで見学した後は、ヴァラナシのホテルに戻るんだけど、夕飯までの空き時間、再びヴァラナシの町に飛び出していく元気もなく、ひたすらロビーで時間を潰す。そう、今夜タージマハルのあるアグラに向かう為に、既にチェックアウトは完了してしまっているため、部屋で休めなかったのだよ。きちい。

 ロビーには蝿が20匹ぐらいいて、私たちの元気を吸い取って飛び回るがごとくやたら元気である。その反面、こちらは暑さと疲れでぐったりしているので、顔に蝿が止まっても追い払う気力もなく、されるがまま、蝿攻撃を受けまくっておりました。

 と、こんな暇なとき、となりのソファに日本人の女の子数人と、ヨガの先生をしているというインド人がヨガ談義をして談笑。暇だしどんな話をしているのかと、ボンヤリ見ていると、このインド人と目が合い、なぜか一緒にヨガをやろうとロビーでやる事になってしまった。普段だったら、こういうのノリでやったりしないタイプなのだが、なんせ暇でしょうがないし、ヨガはホテルの部屋でスタンディングまで、練習したりしていたものの、ヨガに飢えていた為、先生がいるならやってみたいなという気持ちに。

 一緒にいた女の子達は、ホットヨガを2~3回やったことがあるそうである。

 先生にヨガをやったことがある?と聞かれて、少し日本で練習やっていますと答えてみる。そうしたら何かやってみてと言われたので、取り敢えずパドマーサナだけ組んでみたら、そのインド人ヨガ講師、目を丸くしてるの。「あ、あれ私出来ないですヨー。あれインドのヨガですヨ。あなた体柔らかいんですネーー」とかいってパドマーサナだけで驚いちゃってるよ!あれれ。

 あとで同じツアーの人から聞いた話によると、日本人と付き合いたいばかりに、ヨガの先生といって、女の子に接近していたらしい(笑)今日本がヨガブームだってのを聞いて、これは使える!って思ったらしい。インチキ臭さ、プンプンだったが、こちらに向かってウィンクしてみたりして、なんだか茶目っ気があって、憎めないキャラであった。

 すいません、ウィンクされても、いけませんわ。私には夫が・・・なんてね。(苦笑)

 それにしても、私が出会ったインド人ってなんだか憎めない人が多かったなあ。面白かったよ。

 そういえば、今、インドでもヨガとアーユルヴェーダって流行っているんだってさ。案外皆やってないんだなあ。日本人が総じて柔道とか空手をやっていないようなものか。

 そしてこの後は、再び夜行に乗るのである。つづく。

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インド旅行記の途中ですが

 Pic_0419_1 GW明け、木曜日から金曜日まで、京都に出張でした。なので続きを更新してなかったよ。

 しかし、インド旅行の後の日本のホテルのきれいさに、改めて感動。

 今まで見慣れているぐらいのレベルのものでも、インドという世界を見てしまったから、何でもかんでもピカピカに光り輝いて見えるよ。アメニティグッズも一通り揃っているし、水周りは清潔だし。 改めて、日本ってすごいな・・・って思っちゃった。しばらくいちいちこんな反応をしていそうだな。

 京都で観光して帰りたかったけど、そんな時間もなく、そのまま新幹線で帰ってきました。

 あー出張だと、ラクチンだなー。今日は当然直帰!です。

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インド旅行記~4日目~②

Imgp3071  次はサール・ナートと書いたけど、その前に色々あったんだっけ。

 今回の旅行、面白かったってことで、記憶をとどめておきたくて、とても細かくかいてる。なのに、お付き合い頂いてありがとうね。

 沐浴見学した後、バーラト・マータ寺院っていうところに行く。ここは仏像とかを祀っているのではなく、なんとご本尊は、大理石で出来た、インド全図の地図である。そしてこの場所も神聖なので、裸足で入る。

 これはガンジーが「国がないところに人はいないのだから、国を守っていかないといけませんよ」という教えを説いたところから来ているようだ。とても立体的で正確な地図だ。そして写真を撮るには10ルピーぐらいだったかな?喜捨しなくてはならない。でもせっかくだから撮ってきたよ。Imgp3077

 その後、一旦ホテルに帰り、朝ごはん。

 朝は、コンチネンタルスタイルでオムレツ、コーンフレーク+ミルクがけ、それにトースト、バター、イチゴジャム、そんで最後はチャイ。

 チャイは、消化を助けるらしいので、食後には必ず飲んでいた。カレーのようなヘビーなものを食べた後も、チャイを飲むと何となく落ち着く感じがしたし、美味しかった。ちゃんと煮沸している感じで安心感もあったし。

 チャイは、インドで一番美味しいと思ったもの。でも飲みすぎたせいか今は飲みたくないかな・・・。カレーはもってのほかだよ。地元にあるサムラートの前なんて、匂いがプンプン漂ってるからついつい避けたくなるよ(苦笑)カレー大好きだったんだけどさ。

 部屋で休憩した後、ちょっと外に出てみようか?という事になり、旦那とホテルから出て歩いていたら、ホテル前で待機していたオートリキシャが数台、「乗らない?」と声を掛けてきた。しつこいなーと思いつつ、暑いから、乗っちゃうほうが楽だよね。と相談し、何となく人がよさそうなおじさんで一番安い条件(駅までいって、ホテルに戻るというコース設定で、二人で40ルピー(120円弱))で良いと言ったおじさんの車に乗ることを決める。

 何度もいいよね?と確認して、「いいよー」との事だったので、よっしゃ。とそのまま乗る。乗ると結構面白い。暑い中、風を切って気持ちがよい。やっぱりリキシャに乗ってよかったね。面白いね。それに運転しているおじさんとの会話も面白かった。おじさんの英語もカタコト、私達の英語もカタコト、カタコト同士だから難しい話にもならなかったから楽しめたのかもしれないけど(笑)

 私達はスニーカーで行ったので、足が暑くなってきており、サンダル屋に連れて行ってもらって値切って購入する。そのとき、このおじさんと私が同じ足のサイズであることが発覚したら、おじさんが「スニーカーくれよ」だって。こんなボロいスニーカーを欲しがるなんて、と複雑な気持ちになるものの、大事なやつだからダメ!って断る。

 このおじさん気のいいおじさんなんだけど、油断すると知り合いのお店に連れて行こうとする。ひょうひょうとして面白い感じをキープしながらも、何気に横道に入っていこうとしたり。どこ行くの?って聞くと「Tシャツ欲しいって言ってたじゃん(言ってない)」って笑っている。まあそれでも、毅然と必要ない!と拒否すれば、あっさり引き下がるのか、「分かったよ」って感じで軌道修正。

  それから予定通り、ヴァラナシ駅に着いたので、駅を道路挟んで写真撮って戻ったら、おじさん、私達がもっと遠くまで写真を撮りにいくんだと思って、車の中のスニーかーが盗まれないように簡易トランクに鍵をかけてくれたりしていた。親切なところもあったのであった。

 ヴァラナシからホテルの方に戻るとき、道路をUターンしなくちゃいけなかった。日本人の感覚なら普通に車線を走り、ほどよいところで右折→Uターンで流れに乗るところが、おじさんなんと、道路を逆走し始めた!こわい!向こうからトラックも走ってきてるよ!おっさん!!うまくすり抜けながら、相手のリキシャ、車に怒鳴りつけながら無理やり対向車の間を縫いながら疾走し、通常車線に入った。ガクガクブルブル。

 他の人もインド人は普通に逆走するって話していたからインド的には普通なのかもしれないが・・・。びびりました・・・・。まあ大都市ではこんなことないと思うのだが・・・。(とはいえ逆走ポイントは駅前)

 その後、旦那と、おじさんとミリンダを飲んで、ホテルの前まで、送ってもらったら、「80ルピーくれ」だってさ。

 40ルピーって交渉したよね?でも、「俺は一人40ルピーって言ったんだよ」って譲らず、しょうがないから80ルピー払ったよ。くそー。やられた。でもまあ、200円ちょっとだからね。しょうがないか。

 これからお昼ご飯。

 カレーがゲッソリしてきたのはこの頃だったので、この日の昼に、インド式と中華式がmixされると聞いて少し喜ぶ。

 インドには華僑が沢山いるので(ていうか中国人どこの国にも絶対いるよね。ジャマイカにもいた)中華料理も結構出るのだが、インド風中華なのでなんともかんとも不思議な味である。

 例えば麻婆豆腐。中に入っているのは豆腐か?チーズか?なんかよく分かんないけど麻婆豆腐というより新しい食べ物って感じである。

 食事の前に必ず出てくるスープも中華風。なんか麺が3~4本チョロンと入っている。間違えて入れちゃったの?こういうやつなの?不思議な分量だ・・・。あとはトマトベースの不思議な食べ物。なんだかエビチリと、酢豚のあいのこなのかな?めんどくさいから混ぜちゃったのかな?そして、メインになる具がないのですが・・・。

 焼きそばとチャーハンは唯一普通っぽかった。

 それにプラスアルファしてカレー数種類。書いていて思ったけど、やっぱり結構な量ですよね。ええ、全部とても食べらんですよ。いつもこんな感じで食べられなかった。

 物乞いをしているようなインド人にしたら大変なご馳走であって残したりしてごめんなさい、という罪悪感も募るものの、こちらの胃も悲鳴を上げているのでしょうがないです。ついでに不思議な食べものとか言ってすいません。本当に。

 さて次はサール・ナート。ツアーグループの一人が、すぐに出発したいというもんだから、お昼食べてすぐに出発することに。ジェーンは、今出たら暑くて大変だよ。って言ってたんだけど。

 とはいえ、ガンジス川が強烈すぎたせいか、観光ムードに心は和む感じだ。サール・ナート。下のは、サールナートの写真です。色々書いていたから、なかなか到達しないなあ~。つづくImgp3102

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インド旅行記~4日目~①

Imgp3039  この日は、朝5時出発で、ガンジス川の沐浴を見学に行く。日の出を見ながらのガンジス川は美しいらしい。

 ガンジス川では岸辺に連なる84箇所の「ガート」という沐浴場がある。川に向かって階段状になっているので、雨季で川が増水しても沐浴できるようになっているのだ。

 私達は、ダシャーシュワメード・ガートという一番沐浴者が多く、かつ、観光客用に沐浴を見学するボートが出ているところに向かうのだが、バスは、そこまで行けないので、途中で下車し、沐浴に向かう民衆、聖者達、お坊さん達、子供達、乞食達と同じ流れに乗って歩いていく。昨日も書いた、シャンシャンシャンというような、金属を打ち鳴らす音が町中、そこら中鳴り響き、非常にごった返している。牛も居て、物乞いも居て、野良犬もいて、雑多雑然としているのだが、全体的な流れはガンジス川に向かっている。

 ずっとその空気の中にいると、アドレナリンがバンバン出てきて、人間の古代の頃の本能が呼び覚まされてくるような感じがある。お祭りのような独特の喧騒がある。

 朝5時に出たのにもう空は白んでいて、もっと早く出ればよかったのかと思ったりもしたが、まだ太陽は出ていない状態だ。

 ガンジス川が見え、ガートの入り口である階段が出てきたとき、階段の両サイドには、物乞いが階段の段毎に腰掛け誰でもいいから、恵んでくれといわんばかりに、器を差し出している。通行人は見ていないが腕を左右に揺らしている。

 Imgp3036 と、そこでガンジス川が目の前に広がった。もっと臭いと思ったけど全然臭いはしない。茶色く、濁った水が泰然と流れている。自分は沐浴しようとまでは思わなかったけど、汚いのは分かってはいても、神聖な感じがする。インド人がガンジス川を見る思いは、例えば、日本人が富士山を見て、ウワ~と感動し、桜を見て嬉しい気持ちになるようなものと似ているのだろうか?

 ガートには、このエントリーの一番上にある写真の花を売っている物売りが沢山いる。この花の上に乗っている蝋燭に火を灯して、願い事をしながら、ガンジス川に流すのだよ。

 Imgp3054 川には沢山の蝋燭がチロチロ流れている。

 ボートに乗る。想像していたより大きなボートである。ガートの方からは、シャンシャンシャンシャンと、結構大きな音で木霊する。また聖者達が歌っているような声もワーワー聞こえてくる。

 これからガンジス川に漕ぎ出す。(というか漕ぎ出してもらう)

 沐浴している人、ウジャウジャいます。サリーのまま入っちゃっている女性も居ます。私的にはあんなに綺麗なサリーで入っちゃう神経がよく分からんが、みな、神妙な顔で、目を瞑り、手を合わせ祈っている。皆が幸せでありますように。

 それから居ました、ギャハハと喜びながら、クロールしている子供達。あんた口にガバガバ水が入っているよ・・・。いやむしろそうしたいのか?余計な心配ですか。

 しかし顔を洗っている人、歯を磨いている人、本当にいました。すげえ、インド人。無菌大国日本出身の私にはとても真似できそうにありませぬ。

 取引先の人は、「hattiさん(とは呼ばないが)水泳得意ですよね(普通)、ガンジス川の川幅って大体1kmなんですけど、往復して泳いでくるとヒーローになれますよ!ただワニがいるんで気をつけてください」と大変な親切な忠告をしてくれていた為、ボートから飛び込みしてヒーローになろうなどという暴挙はしないで済みました。ありがとう。

 ワニは、どこかの博物館に展示されているんだって。7mのワニが。ガンジス川に居たらしいよ。

  まあ、話は戻って、このガンジス川に沿って、マニカルニカ・ガートというところに火葬場があって、そこで死体が焼かれ、この川に流されるのだが、明け方はまだ火葬をしていなかった。ちなみに火葬場は写真撮影厳禁。

 焼かれている様子を昨日見てきた人に聞いたが生々しい。体を焼く薪はお金を出して買うらしい。ここで死ぬために物乞いをしている人は、自分の体を焼くための薪を買うためにお金を貯めるのだ。

 お金が無い人は、あまり薪を買えないから、半焼けのまま流されてしまうらしい。また、子供のまま死んだ人、病気、事故で死んだ人は、人生を全うしていないので完全には焼かれない。一応布には包んで流すらしいですが。

 天寿を全うした人だけが灰になるまで焼かれる。というのは、全うしていない人は、もう一度人生をやり直すために、灰にはしないという考えがあるのだそうだ。

 Imgp3067_1 と言われると、とても深い意味があるような気がするね。ちなみにヴァナラスのガンジス川が一番神聖だと言われるのは、この地点が唯一南から北に川が溯っている場所だからで、それが下から上に天に昇るイメージがあるからだそうだ。そして、シヴァ神の一本の髪の毛からガンジス川が流れていると考えられている。だからシヴァ神の頭からは、チョロンと水が流れているみたいだよ。

 

そしてガンジス川の日の出。Imgp3063

 ボートに乗り、この日の出をみてしばし感動。ああインドに来て良かった。この瞬間の為に、12時間も夜行列車に乗ってここに着たのだ。

 インドでのハイライトの瞬間である。

と、感動していたら、来ました来ました。最早お約束の、物売りボート。

 船に沢山土産物を乗せて、私達の乗っている船の縁につかまり、グイーと自分のボートを引き寄せる。象、香炉立て、あとはガンジス川の水を、甲子園の土を持って帰るような感じで、持って帰る専用の金の入れ物。(←物売り的にはこれが一押し)

 ガンジス川の水って、腐らない(腐りにくい?)らしいよ。よっぽど菌が強力なのか何なのか分からないけど、腐らないってのは科学的に証明されているらしいと、ジェーンが言う。汚すぎると、ばい菌も殺してしまうのかしら。あれ?何がばい菌殺してるんだ?よくわかんなくなってきたが。まあ、そういう事らしい。

 インド人はこの地に来た記念として、このガンジス川の水を持ち帰るんだそうだ。

 Imgp3057 しかし、君達もめげないね。ほんと粘着気質だね。すごいね。そのモチベーションの高さ。その前向きな心。心からものを売りたいという真っ直ぐな気持ち。しかし、子供の頃からあんなにしつこく物売りをしていたら、あんなになるのも分かるね。筋金入りだもんね。

 それにこっちのボートは一人のおじさんが一所懸命漕いでいるのに、あれれ、両サイドから物売りボートは張り付いてきちゃったよ。おじさん一人で大変。はあはあ。

Imgp3060

 そして、ガンジス川の物売りは、多分10年以上多用していると思われるフレーズ

 「バザールでゴザール!」と日本人に呼びかけるのがお好き。ガアン。

 この後はブッダが初めて説法を行ったとされる、サール・ナートに向かうでござーる。

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インド旅行記~3日目~

 明け方、トイレに起きる。インドの特急は、ドアが空いている!危ね~!危ないが「世界の車窓から」のような気持ちになり、感動する。こんなのありえない光景だよ。

 トイレはボットン便所みたいな感じで、垂れ流しかつ、使用後は横のレバーを引いて水を流すようになっているので、思ったより臭くない。でも流石に手で拭けないので紙を使う。

 インドは左手でお尻を拭くので、下から抑えると水が出る蛇口みたいなものが足元にあり、その横に拳が入るぐらいのポットみたいなのがある。そしてそこに水を溜めて汚れた手を洗うようだが、こんなの汚すぎて到底使えないし、近寄るのも恐ろしい。

 ちなみに私の取引先の人は、「左手でケツ拭くの?余裕っす」らしい。「インド人、なめんなって感じです。」

 ・・・・・・・。

 インド人にチキンな日本人と、なめられてもいいから、紙がいいです・・・・。

というわけで、トイレットペーパーは常に携帯の旅であった。でもインドのトイレットペーパーは巻きが少なすぎる。即効消える。下痢になると最悪。ああ、いつか手で拭く日が来てしまうのか?(大丈夫こなかった)

 ちなみに、トイレの中に、洗面台みたいなものも一応あり、蛇口みたいなのがそこにもついている。そこで手を洗う。石鹸欲しい・・・。

 ああ、12時間の列車の旅は長いよ。一晩空けて、盗みも暴行も悪いことは、勿論何もせず、大人しくしていた私たちは、インド大家族のお婆ちゃんに「あの二人、まあそんなに悪い人じゃないね」と、何をしたわけでもないが、ニッコリ微笑みかけられる。やはり人種の壁を越えても、寝食を共にすると、共同体みたいな意識になるらしい。ナマステ。

 さて、やっとヴァラナシについた。駅を降りると、すごい蝿の数。蝿を払いのけながら階段を上がり、駅を降りるも、リキシャ(簡易個人タクシーみたいなやつ)の勧誘、物乞い天国、人がウワアアアと近寄ってきて、ひるむ。いわゆる、誰もがイメージする分かりやすいインドの形がそこにある感じである。Imgp3033_1

 

これがヴァラナシの町。ちょっとピンボケしてますが。

 ジャンジャンというかシャンシャンというか、宗教的な金属を打ち鳴らす音が木霊している。野良牛も沢山歩いている。すごい世界だ。ここは。何なんだこの町は。神聖と限界までの俗がぐしゃぐしゃに入り混じり同居している。

 聖者なのか乞食なのか分からない人達、制服を着た子供達、野良犬と一緒にボーっと座っている人。顔も見ないで手を伸ばす物乞い、おでこに線が入ったお坊さん、グシャグシャ。

 ガンジス川で沐浴すると、今までどんな罪を犯しても、それが清められ洗い流されるという。ここで死に、灰が流されるのは、ヒンズー教徒にとって、最高の幸せ。だから死ぬためだけにここに居住するヒンズー教徒もいるらしい。インド中からここには、年間100万人を超える巡礼者が沐浴に訪れる。

 日本人もとても多いこの町だが、デリー同様、とても危ない町でもある。

 罪を犯しても洗い流してくれるガンジスが近くに流れているからかは不明だが、私たちがここに到着する前日に、イギリス人とドイツ人が殺され、体を3つに切断されスーツケースに入れられて捨てられた事件があったらしい。(帰国後、ネットで記事を検索しているのだが、まだ見つからない)

 また身持ちが固いとされるインド人女性と比べて、外国人女性は性的にフリーだと勝手に思われ、色々鬱屈した思いが溜まったインド人が起すレイプ事件が多いのだそう。レイプされ、殺された後捨てられるという最悪な事件も多いようだ。

 ジェーン曰く、これは事実の話、日本人は冗談で取ったり、信じなかったりするが、現実を見て欲しいと言っていた。

 恐いと思うとどこにも行けないし、何も出来なくなってしまうけど、こういう事実があるという事を肝に銘じるだけでもだいぶ違うのではないのかと。こういう事を良く認識して行動すれば身を助ける術になると思ったよ。無茶して無防備と冒険心を履き違えた行動が万が一を招く事も考えられるのだから。

 と偉そうな事を書いているが、着いた日、皆がヴァラナシの町にリキシャで出て行ったとき、私達夫婦はおなかを壊してホテルでダウンしていたのでした。

 このヴァラナシの、「HOTEL VAIBHAV」には、旅行中一番長く滞在し(といっても2日弱)一番食事した場所でした。ご飯はまあ美味しかったかな。 何度も停電したし、お湯もすぐに出なかったりしたけれど。

 その日の午後は、ホテルの裏にある、「The Ayurvedic Health Spa」というところで全身オイルマッサージと、おでこに1リットルのゴマ油をたらして自立神経を整える、「シーロダーラ」を体験。とても気持ちよかった。素っ裸でオイルを塗られて木の台の上で施術された。ちょっと高かったけど、旅行の疲れが取れて、顔がスッキリした感じがした。

 さらに、シャンプーと石鹸を間違えて使ってバリバリになってしまった私の髪の毛も、シットリ艶やかに。

 ヴァラナシの恐ろしさに慄いてもいたってのもあるけど、ホテルに着いたらインドアにのんびり過ごしたこの日でした。

 ちなみに下の写真はこのホテルのカレー。カレー食べすぎて、おなかくだり気味の今現在、見たくないので載せてなかったが、こんな感じです。延々同じようなカレーを食べ続けます。ここの食器はまあまあ綺麗だった。

Imgp3026 つづく。

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インド旅行記~2日目~②

Imgp3003   さてさて、粘着気質の物売りを振り切り、インド門を後にしてから連れて行かれた先は、土産物屋であった。

 オールドデリーというデリーの町でも古く比較的整備されていない箇所であるのだが、その土産物屋も、こんな寂れた場所に土産物屋なんて有るんだー?というような場所。

 しかも細い路地を少し入ってから、地下に降りていくのだよ。目立つ看板もない。

 インド人ガイドだからバックマージンをもらう為に連れて行くのだろうが、この店はきつかったね。さっき物売りを追い払ったばかりだと思ったのに、土産物屋という名の、物売りの巣窟に放り込まれてしまったわけだから。

(しかもこの後夜行列車のチケットを確認してくると、2時間弱放置プレイした、ジェーンと運転手。鬼だ)

 まあそれでも、それまで暑くてヘロヘロだったため、土産物屋の冷房に涼み、一同一瞬顔がほころんでしまったのだが、私たちにすれば、積極的に欲しいと思い足を運んだわけでなく、ただ連れてこられたのに、ガネーシャ神の像を買わないか?とか貝が入った工芸品を買わないか?とか、担当としてピッタリついた店員が次から次へと店を引きづり回す。君の好きな像は何だ?ん?インドに来るからには何か好きな神様はいるであろう?

 私はひそかに踊るシヴァ神・ナタラージャが欲しいと思っていたが、接客態度を見て死んでもお前のところからは買わねーぞという気持ちになったので、「ナ」の字も口に出さないようにせねばと、全部会話は旦那任せであった。

 それに、まだ旅行が始まったばかりで荷物増やしたくないし、ホントのホントに要らないんだよーーー!と心で叫んでいるのだが、そこは日本人、角を立てたくないばかりに、曖昧に笑って拒否することで精一杯。この時、日本人としての血を感じるわし。

 でもこの微妙な笑顔は、もちろんインド人には伝わるわけもなく、「なんだ、Tシャツが欲しいのか(言ってない)。うちには、素晴らしいTシャツがあります。見てください」と言い無理やり奥に引っ張る担当(気取りの)店員。

 「INDIA」と刺繍されている文字と、どうみても形がおかしいタージマハルの刺繍が施されたTシャツを嬉しそうに見せられる。私は神プラの「東京」Tシャツは良いと思うが、このINDIATシャツ、いったいどこで着ろっていうのだろう?

 うちの旦那も、「ださいから要らないです」とは、断りずらいなーだってさ。わが夫ながらひどいことをいうお方である。

 もうお店はきついので、一同店の外へ退散。とそこは先ほど、「寂れている」と感じたオールドデリーの一角であった。Imgp3008

 整備されていないっていうか。スラム街のような趣!

しかもインドにまだ慣れていないわしら。インド人はジロジロ見てくるし、すげー恐かったです。ここの写真のような場所で、丸腰で1時間強、延々とジェーンを待ち続けました。長かったよ。恐かったよ。

 その間近寄ってきた物乞いの子供。織田裕二みたいだなーと思ってたら「ハローハロー。マネー」

 ガーーン。やっぱりマネー。しょうがないから、飴を上げる。Imgp3006

貧乏でも心は錦なのか髪の毛をせっせとセットしている。カメラを向けたら、ポーズ取ってくれた。でもまた金くれ。だってさ。とほほ。

 ほどなくして、やっとジェーンと運転手が現れる。あああ、君たちに心から会いたかったよ。早く会いたかった。あなたに会えて良かった。ていうか遅いよ!バスに乗り込んだ瞬間死んでたよ。ああ、本当に疲れた。

 それから、一同夜行特急に乗るために、ニューデリー駅に向かう。ニューデリーはタリバンの爆破テロがあった場所だから、ドキドキする。ついでに、向かう先のヴァラナシも、同時多発テロが起きた場所ではあるのだが。

 ニューデリーの駅についたら、ものすごい人である。駅には物乞いは勿論、色んな階層の人がいて、埃もすごいし、虫もすごいし、とにかく第二次世界大戦後間もない頃の駅を彷彿とさせるすごい光景である。一番ショッキングだったのは、通り過ぎる階段に、死に掛けたおじさんが倒れていたことだ。傷口にすごい勢いで虫が集り、でも目は半開きで、全然動かない。あれはショッキングだった。あんなの初めて見た。やっぱり恐かった。

 Imgp3015 ホームに立って電車を待っていると、物乞いのおばあさんが寄ってくる。お金持ってません。本当に持ってません。としつこく言うと別の人に集りに行くが、もらい方も堂に入っている。

 あとは鎖を売っている物売りがいて、鎖買わねーか、買わねーか。と売ろうとする。夜行なので、荷物を柱か棒に括るために、買う人が多いんだろうが見るからに重そう。

 で、旦那が水を買って戻ってくると、ジェーンに、「はい、席まで案内します」と到着している夜行に入っていく。狭い通路を人を押しのけ入ると、ここに座ってくださいと、座らされた場所が、大家族が場所取りしていた席。ジェーンは別の人を案内する為に、ここに座っていれば大丈夫と、番号を言わずに急いで立ち去り、残された私たちは、大家族の一員の中で非常に居心地が悪い思いをして座っていた。

 その中の長男坊みたいな、若い男性に、「何でお前らここにいるんだ?番号は何番だ?チケット見せろ!」と詰問され、番号は今分からないし、チケットもないけど、席はここらしいというところしか分からない。ツーリストがもう少ししたら来るからちょっと待ってくれ、というのが精一杯。

Imgp3019 大家族のお婆ちゃんとかも不審な黄色人種が座ってきたわ。嫌だわ~、という露骨な視線をビシバシ送ってくる。

 インド人は適当なので、結構適当に席を取っているんだと思うけど、私たちのところだけ、妙に人が集中しているのは気のせいか?

 ジェーンがやっと戻ってきたので、ジェーンに大丈夫だよね?と確認すると、ホントに心配ないから大丈夫。上に上がっていたらいいよと言われ、そうする。

 私たちが乗ったのは、2等寝台列車3Tier Sleeperっていうやつ。ちゃんとシーツと毛布と枕、あと夕飯はそれぞれ支給される。

 私はこのときは、3段ベッドの脇の2段ベッドの上、旦那は3段の一番上だったので、2段の私のほうが頭上にスペースがあったので、ここで、旦那とカレー食べて、お菓子食べて写真撮って、視線からも逃れられて少しラクになったが、猿になったような気分で、結構面白かった。

 上の方が安全なのだが、旅行者同士同じコンパートメント(扉は無い)になるので、パスポートは勿論首にかけ、荷物は足の間に挟み(本当は鎖でつなぐべきかもしれんが)、寝た。自分の目の前をライフル銃を持った兵士みたいな人も何度も通って驚いた。

 そんな感じで、それぞれの場所で寝た。ちなみにこの寝台部分はインド人にとっては高級らしい。身なりの良い人が多く乗っているように思われた。携帯を持っている人も多い。お金の無い人は、横になれない。つづく。

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インド旅行記~2日目~①

Imgp2908deli  インドで迎える初めての朝である。

 今日は、イスラム教インド到達の象徴、クトゥブミナール、タージマハルのモデルと言われる、フマユーン廟、カンジー火葬の地、ラ・ジガート、第一次世界大戦の戦死者慰霊碑のインド門に向かう。

 その後、なんと、インド夜行列車に乗り、ガンジス川の沐浴で知られるヴァナラシに向かうのだ。

 朝の食事は、インド式と、普通タイプと(オムレツとトースト)とで選べる。選べるんだけど、置いてあるお皿と食器のあまりの汚さに衝撃を受ける。この皿、箪笥で眠ってたの?何年洗ってないの?汚れに更に汚れが付着している感じである。前の人が食べたときにこぼしたカレーの染みもあるじゃんか。おええ。店員が居ない間に、隣のテーブルのなるべく綺麗そうな皿とひそかに取り替えるわし。汚すぎる!

 でももうインドに来てしまったのだから、ある程度は受け入れざるを得ないであろうと腹をくくり、運ばれてきたトーストとオムレツを食べる。味は普通だが、食器関係の汚さにおののいているので、あまりおいしく感じない。でもトーストは火が通って熱いので安心して食べられた。

 その後、待ち合わせ時間に待機していると、早朝に現れた正式ガイド(ジェーンという名前の男性;以下ジェーン)が現れる。また他の日本人も何人かロビーに集合してきてた。私たち入れて全部で9人。ジェーン入れて10名。20代前半から30代前半までのグループである。この方達とは、これから一週間ずっと行動を共にしたが本当に楽しかったよ。

 まずは、クトゥブミナール複合建築郡へ。インド最古とされるイスラム建築郡。中心になるのは、クトゥブミナールと呼ばれる記念塔。ヒンズー様式とイスラム様式が織り交ざった塔である。第一層にはコーランが刻まれている。

 5層からなるこの尖塔は高さ72.5m、底部の直径14.32m、頂上の直径2.75mの巨大なもの。内部に379段の螺旋階段があり、1970年代前半まで頂上に登れたが、墜落事故が相次いだので2階までしか許されなくなった。1980年代になると小学生が押し寄せるようになり、危険なため、以後立入禁止となってしまったらしい。

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  Imgp2933_1

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これは1,100年位に、イスラム教がこの地を征服した記念に建てたらしいんだけど、この時からヒンズー教との確執は始まっているんだそうだよ。

 ヒンズー教とイスラム教がなんで交互になっているのかジェーンが説明してたけど、忘れちゃったわ。

 しかし、他にも色々建物があるんだけどヒンズー教の建物を壊したその破片で建物を作ったっていうんだから、結構ひどい話だ。

 でも建築物は素晴らしいのだよね・・・。Imgp2919

 

 

 Imgp2946

続いてフマユーン廟。タージマハルへ強い影響を与えたとされるもの。天辺のスライムみたいなドーム型の墓碑は、大理石で出来ている。タージマハルは、お后を亡くした王様が建てたものだけど、これは、逆で王様を亡くしたお后が建てた建物なんだそうだよ。

 しかし、こんな大きなお墓日本人の感覚から言ったら、クレイジーだよなー。なんてことも思ったりもする。

 まさか作ったときは、将来こんな風に観光客に踏み荒らされるなんて事は思ってなかろうに。

 階段を登ってふもとまで行くと、もう既にお墓がいくつもある。随分小さな棺が並んでいると思ったら、子供の棺だった。中に入るとひんやりとして、すぐそこに王様の棺?がある。妙に生生しい。中に骨があると思うとちょっと恐いな。

 と思いながら裏に回ったら、セキュリティーバッチをつけた警備員みたいなおじさんが、「日本人か?」と聞いた後で、何も返答していないのに、いきなり中に引き入れ、ガイドを始めた。二人の奥さんが並んで葬られているという話だったのだが、その後で、手のひらを出され、無心された。警備員もこんなことをして金稼ぎしているのかと思い、びびる。しかもあんた、そんなガイド頼んでいないよ。そこで、旦那が、また全然違う国の安い硬貨を無理やり渡し、二人でダッシュで逃げる。「なんだ、この金は!」みたいなこと言っていたけど、こっちだってしらねーよ!。はあはあ。ちなみにこれは世界遺産。

 次に行ったガンジー埋葬の地。ラ・ジガード。インド人にとっては、超神聖な場所のようで、皆神妙な面持ちである。また下足禁止なので、入り口から裸足で歩いていく。

 それからインド門。でかい、でかいよ!こういう建築物がいちいちでかいです。Imgp2980さらに、ここでしつこい物売りが登場。ポテトチップスを沢山積んだ籠を持った子供、メヘンディーアートを書くというおじさんのWパンチである。ずーーーーーーーーーーーーっと、一緒についてくる。

 この二人の物売りは結局、このでかいインド門をグルっと回って、バスに戻るまで、延々とついてきて、写真撮影にまでチャッカリ一緒に写ってしまうような、お調子者の陽気なインド人。妙に憎めない感じだ。あんたずるいよ。その性格。

 メヘンディーは、10ルピー(1ルピー3円弱ぐらい)で5分で書いてあげるから、お願いお願い、頼むよ~きれいだよ~、インドの思い出に書いていこうよ、としつこい。でもメヘンディーアートって普通30分ぐらいするんじゃないの?会社に行くときには確実に残っているであろうメヘンディーアートで変なのかかれるのも嫌だし、と断り続ける。

 ついでに物売りの子供は、とても可愛い顔をして、一個でいいから買ってよお、買ってよお。と物憂げで悲しい目でついてくるものの、たまに見せるちゃっかりした笑顔が憎いぜ。あんた。いやーしかし、なんでインド人の子供ってこんなに美しい顔をしているんだろうか。

 インド人がもっと正視に耐えないようなひどい顔立ちの民族だったら、こんなにインドに皆魅力を感じるだろうか?と思ってしまうぐらいの綺麗さだ。みな、総じてV6の岡田君級。 こんなところでポテトチップスなんか売ってないで、ジャニーズ事務所に行きなさい。

 それに、子供は、基本的にカメラを向けられることが大好き。ノリノリ。

 いや、しかし、ここまでノリノリだと嬉しいです。はい。

Imgp2991  いえーい。

続く。

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インド旅行記~1日目~

 ついにインド旅行に行ってきました。

 念願のインド。すごく面白かった。色んな人が居た。びっくりした。色々考えてしまった。カルチャーショックを受けまくって、自分の価値観がガラガラ崩れる音もした。何なんだこの国。と思った事も多々有り。そして、今のタイミングで行って良かった。こういう世界もあるのだと言う事も分かったし。

 力強い得たいの知れないパワーみたいなものが渦巻いているかと思うと、ダラーンと弛緩していたりもする。日本は恵まれているんだな。日本はすべてがピカピカしているな、きれいだな。臭いがしないな。当たり前のことだと思っているのが当たり前じゃないんだな、とも感じた。

 どっちが良い悪いではないのだが、何が幸せで何が不幸なのかすらも分からないな、と思った。でもやっぱり物質的には圧倒的に日本は恵まれていると思った。その先の幸せについては、分からんが。物質的に恵まれていないインドでも、心の安寧はあるのかもしれない。

 それにあの大勢の中で揉まれていると、パスポートが無かったら、自分は何者なのか?自分が大事だと思っている自分の存在なんて随分小さく塵みたいなもんだなとも思った。

 それから、みんな生きていくことに必死だなあと思ったな。

 神プラ合宿の翌週だったのと月末処理で時間が無い中、バタバタしながら仕度して出かけましたが、何とかなるもんだね。いや、却ってそれだから少ない荷物で済んだかな。

 2~3枚の着替え、下着何枚か、あとは薬関係!あとは簡単なアメニティ関係か。私は、普段荷物が多いのでこれしかないのに勇気が要ったが結果的には良かった。

 あ、インド行く人は汗拭きシートがあると良いと思った。一緒のツアーの人で介護用の体拭きシートを持っている人がいたが、あれは紙も大きいし良いなと思ったよ。手に入る人はあるといいのでは。(その人は会社の仕事関係でもらったらしいが)

 更にインド旅行にはバックパックが良いと言われたんで、二人ともそうしました。(インドでは水浸しのトイレがあったりするので、両手が塞がっているとトイレも入れないっすよと助言されたのだ)

 両手が空いているだけで随分ラクでした。それに機内持ち込みできるってのは、相当ラクだね。やっぱり旅行は荷物の量が少ない方が楽しいって実感したよ。

 で、旅行記。行きます。よろしくどうぞ。

 えー、今年のGWは9連休になるので、過去最高の出国者数とのことだったけど、私は香港経由でデリーに向かったので、キャセイパシフィック航空利用。キャセイは、成田第一ターミナル出発で小さい方なので、結構ガラガラと空いていましたね。「今頃第二はすごいことになってるよねー」と呑気に、ハンバーガーを食べる二人。まだこのころは、日本の食事のおいしさを当たり前に感じている頃。

 飛行機が離陸する瞬間はいつもドキドキする。私は心配症で飛行機が未だに恐いと思う性質なので、この飛行機が落ちませんように。と心の中で呪文のように唱えてしまうのだ。すぐに寝られる人が羨ましい。

 でキャセイに乗るが、キャセイは香港の飛行機会社なので、もう既に外国である。映画とかもちゃんとやっているし、サービスも普通に良いので快適快適。

 香港チェクラプコク国際空港は、とても近代的でびっくり。めちゃめちゃきれいで感動するが、いまいち東京を出た感じがしない。トランジットオンリーだし、乗り換え時間にあまり時間がないので、あまりゆっくりできないが、水とジュースだけ購入。

 長い歩く歩道の両脇には、お店とトイレがずらっと配置されており、びっくり。

 それからまたキャセイに乗り、デリーへ。インド人の数、激増。インド臭もそこはかとなく漂いだす。なんていうか、香辛料と腋臭が混じったようななんともいえない香ばしい香りである。うう。ちなみにキャセイは、サービスも日本と変わらないし、アンケートに答えただけでボールペンをくれた。サービスいいね。君たち。

 で、デリーについた。デリー到着時間。夜中の2時。香港ーデリー間で結構寝られたので、頭は冴えている。インドの空港は写真を撮っちゃいけないので、無いが、国際空港とは思えないほど汚い(爆)。今回頼んだ旅行会社はかなりマイナー系。

 どこにいるんだ。現地ツアー会社の人たちは。皆プラカード持っているのに、ないないない。でうろうろしていたら、鞄につけるステッカーを持っているインド人発見。あのお、できればもっと目立つプラカードを持っていてくれると嬉しいです。

 やっと見つけたと思ったら、私たち夫婦の名前は無いという。ガーン。なんでなんで。悪い冗談でしょ。ちゃんと予約したしお金払ってデリーまで来ちゃったんだから、なんかの間違いでしょ。まさかインド人はそこまで適当なのか?とひそかに焦っていたら携帯で電話して(インドで働いている人の間では携帯は普通に普及している。そして着メロが色々あって、みんなインド調でなんか笑っちゃう)何とか確認が取れたらしく「ようこそ、インドへ。」と言ってもらえ、車に乗り込んでホテルに向かう。

 ひどく埃っぽいし、道路があまり整備されていないので、車がドカドカ揺れまくる。でもツアーガイドのおじさんは、とても日本語が流暢で何となく安心してインドは初めてですか?から始まり色々話す。なんかガイド慣れしているような感じで、このおじさんが担当で良かったと思う。

 何とかホテル到着。「HOTEL ASHU PALACE」というホテル。パレスというか、インド式ラブホテルのような電飾。でも一応中はきれいだし、日本人も沢山来ているっぽい。そこで昔っぽい台帳に名前を記入しチェックインして、倒れこむように部屋に入る。

 そこでうとうとしたところ、明け方に電話が鳴る。そうすると、なんと先ほどのガイドはやっぱり間違いだったらしい。新しいというか、正式な担当のガイドがバイクに乗って来ていて、「これからは僕が最後まで案内しますので、よろしくお願いごじゃいます」と言う。

 若いあんちゃんみたいなインド人である。なんだか胡散臭い顔をしているのだが。ていうか、インド人は皆胡散臭い顔に見えます。ええ。

 あーさっきのおじさんの方が頼もしい感じだし、良かったなあと、軽くガッカリするが、まあいいか。結果的には、このあんちゃんでとても楽しい旅行になって良かったのだが、このときは若干の不安に襲われる。

 しかし。同じ旅行会社なのに別々に待機しているなんて、とても分かりづらいぞ!つづく

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