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ニュートラルポジションと骨盤について

 合宿中に色々意識させられたのが骨盤と内転筋等。(あとは大腰筋とか)

 sarahさんが、平山昌弘先生のWSで習った事を皆にシェアしてくれた時、内転筋をほぐす運動等を行ったりして、自分の体のほぐれてなさ具合とか、感じるきっかけがありました。

 内転筋とは、内腿の筋肉ではあるんだけど、寺門さんによると、骨盤の開閉を司る筋肉なので、これが衰えると体調不良に繋がりやすいんだそうです。

 横になってから、下の足を横に伸ばすようにしてから、出した足の内腿の部分を上から押してもらうと、凝っている部分と凝ってない部分てのがあるんですよね。私は付け根あたりよりも、膝に近い部位のほうが、凝っていて痛い感じがありました。

 でも意識しづらい筋肉だから、普段は忘れちゃうんだよね・・・。でも忘れちゃうからこそ、私の骨盤は開きっぱなしだから、体調不良もこういうところから来ているのかも。

 だから、坐骨歩き(ダンダーサナの状態で、坐骨を使って前に後ろに進んでみる)して、骨盤を動かしたりすることで、内転筋がほぐれていくことにも繋がるんじゃないのかなと思ったりもしました。

 今回面白いことを沢山教わったので、私も平山先生のWSに将来行ってみたいなあなんて事も考えていたら、なんとsarahさんが、平山先生の本を貸してくださるというではないか。

 で、ちゃっかりお借りして読んだんですが、目から鱗のことがたくさん書いてあって、あっという間に完読してしまいました。

 そんでもって、私の普段の立ち方から始まって、何から全てに力が入っていて体が緊張・強張っているんだっていうのを感じさせられたよ。

 立つときは、股関節の上に体がまっすぐ乗る様に、骨盤がきちんと立つような姿勢で、立つらしいけど、これが出来てなかったので、少しでも乗れるように心がけるようになったら、それだけで立っている状態が以前よりラクになりました。

 それと私は左側の方が力が入っていたらしかったんだけど(でも気付かなかった)、この立ち方、あとニュートラルポジションという本来体があるべき位置というのを意識するようになったら、脚の内部で血管がドクドク流れているのが分かって、さらに足の甲までドクドクしたりしてるのよ。万年氷河期の爪先に血が通っている感じがしてビックリしてしまった。

 今までの不自然な立ち方で血管が圧迫されていたのかな?また、必要な筋肉を使ってなくて、必要じゃない筋肉を無駄に使っていたのかな?なんてことも思ったりした。

 ニュートラルポジションで骨盤を正しい位置に持っていくことと、ゆるませること、どれも私に足りない部分でありました。

 それに修善寺で会った、練堂(すごいサイトを見つけてしまった)さんも体をゆるめることの大切さを説いていたりしてたから、そういうのも合わせて、今の自分に必要なことを色々教えてもらった感じだよ。

 sarahさん、良い本をどうも有り難う。私も自分の分として購入しよっと。

 あ~今回の合宿は濃いね!

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著者:平山 昌弘
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朝練

 合宿後のモチベーションが高いこの時に、平日の朝練というやつに、ついに行ってきました。

 公園デビュウならぬ、朝練デビュウです。こんな日がまさか来るとは・・・!

 当初、朝7時オープンで、Dan先生のクラスがある、IYC九段下だったら勤務先にも近いから、そちらを真剣に検討したんだけど、

 朝6時オープンの神プラの方が、(少し場所は遠くなるとはいえ)練習時間長く取れるのではないのか?と考え直して神プラにしてみました。駅近のマイソール東京って手もあるけど、やっぱりねー。慣れてる神プラとchama先生に習う方が私にとってはいいかな、なんてことも思いまして。

 昨日は夜11時に就寝して、朝5時起床、6時20分ぐらいから練習して、ハーフプライマリー迄出来たよ。

 8時前には神プラを出ないと、会社に間に合わないので、レッドとかフルプライマリーは、練習できないけど、初めて平日朝練をしてから過ごした今日一日は、なんだか心地よくて気持ちよかった。そして一日が長い!!そしてもう既に眠い!!!

 夜ばかり行っていたので、朝日が入る神プラって、実は初めてだったんだけど、なかなか綺麗なものですな。

 というわけで毎日は無理だけど、これからは成るべく朝に通おうかなと思ったところです、と書いていたら、部長の送別飲み会に誘われてしまったので、明日は厳しいかな・・・(^_^;)

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修善寺合宿~のみさんのWS~

 のみさんなるお方に、合宿で初めてお目に掛かった。

 のみさんについては、元銀行員で、生理解剖学についてWSをされている、ご自身の畑で自給自足されているお方なんですが、その経歴が興味深くて、一度お話を伺ってみたかったんだよね。

 今回習う、生理解剖学なんてものは、非常に難しそうだから、私なんかに分かるかいな?と思いつつ、会社の業種もカラダ系なものだから、馴染み易いテーマではある。ヨガの練習する上でも段々気になってくる分野でもありますしな。

 最初の問診からはじまって、のみさんには2日間に渡って講義を頂いたので、今回はカラダについて色々考える機会が多くておもしろかったな。だから、ちゃんと居眠りしないで聞けたよ(笑)

 全体的に、とても壮大なテーマを取り上げて説明されていたから、本当だったらもっと説明するのに時間を要するんじゃないのかなとも思ったりした。だから纏めてかつ、分かりやすい説明をするのは大変だろうなと思ったりもしたよ。だけどそこで得た感動を、どうにかして伝えたいと熱心に話していたのみさんは、すごく繊細でロマンチストな人なんだと思ったりした。

 たぶんすごく難しい勉強を沢山していて、その勉強を通じてトータルで感じた「すごい!」と思ったのみさん自身の感覚を、どういう言葉で伝えたら端的に伝わるのか、一所懸命言葉を選んで話しているような感じがした。えらそうな憶測ですんません。

 そしてね、グチャグチャ考えるのが好きな私にとって、のみさんが与えてくれたテーマっていうのは考える題材としては、とても画期的で新鮮で面白かった。テーマを与えてくれてありがとうと言う気持ちです。

 まず、のみさんが提唱されている「アンプラグ」。自分につながれているコンセント(=~せねばならないという意識、携帯の電源、食事、24時間のエアコン)を抜いてみたときに、どんな自分が見えるかという話。

 今の人間社会には、本来のインプット機能をはるかに上回った情報が氾濫しているために、全部を入れると壊れてしまうらしいんです。

 だからこういうプラグが刺さった状態を継続していると、自分を保護する為に、無意識に感覚を閉じているらしいんですね。だから抜いて本来の自分を取り戻しましょうという考え方なんだそう。

 なんかね、これは抜いてみるとスッキリするっていうのは分かるような気がするんです。私がね、無意識にやっている(でもしょっちゅうは出来ないが)アンプラグってのは、海外旅行なんだと思うんだよね。

 自分は英語できないから、尚更なんだけど海外旅行に行くと日本に居るときと違ってテレビで言っている内容も理解できない部分が多いし、私の携帯は日本とは繋がっていないし、普段当たり前だと思っていることからかなり切断された状態になってると思うんだよね。

 言葉をうまく出来ないフラストレーションはあるものの、日本にいると分かってしまう悲しいニュース、情報が入るゆえの怒り、苦しみから解放される。だから海外旅行に行くと元気になれるんだと、のみさんの話を聞いていて思ったんだよね。だから「国外脱出したいぜー」という気持ちも無意識に生まれるんじゃないのかと。

 でも普通の国内旅行でも日常から切断される分、リフレッシュされていわゆる「アンプラグ」になっているんじゃないのかと、思うんだけどね。

 だから今回のリトリートは、私にとって、かなりアンプラグでしたね。コンセント全部抜けてましたね。コンセント抜けた自分は、かなりのびのびした子供に帰ってしまうということが良く分かった(笑)

 有る意味ブログもそうなのかも。私はここでは伸び伸びしてますからねー。誰にも制限されないからね。普段の生活とは違う世界での自分だからラクなんでしょうな。

 現実社会と切り離されたところに嵌ると良くない云々言う人もいるけど、自分の気持ちを開放できる場所があるのは必要なことだと思いますね。

  あとはインナーマッスルの話。インナーマッスルと一言で言われても、具体的に筋肉はどこか?と言われると結構困ってしまうけど、要は立ち上がるときに必要な必要最低限の筋肉のことなんだそう。

 魚でいうと、血合肉の部分で、熱量を効率的に燃やせる部位として血管が集中して黒くなっているのだとか!だから血合いの部分が多いサンマみたいな魚はシュッとして細いでしょって言っていたのが分かりやすかったかな。

 あとはね、骨盤の中の混雑の話。

 骨盤の中には、子宮や直腸、、膀胱、腎臓など沢山の臓器が入っていて女性は子宮が有る分、圧迫されて元々便秘になりやすいという話があった。混雑を加速させるものは、姿勢の悪さ等により、胃腸が正常時よりも下に下がってしまっている状態。これがあると下腹部が出る、ガスが溜まる(気滞)、などに繋がっていくのだとか。他にも確か生理痛・下痢・肌荒れ・冷え性の原因になるらしい。(たぶんそうだと思うけど違ってたら指摘してください)

 私が問診のときに言われたんだけど、東洋医学では、舌の裏の血管が太いとこの傾向があるのだとか。確かに私は上の症状がすべて当てはまるので、たぶん骨盤の中に下がり気味なんだと思う。ついでに骨盤も開いているような気がする。はあ。

 これを改善するには、自分で上に上がるようにマッサージするとか、側面部の筋肉を鍛えて(これも結局インナーマッスルのお話かねぇ)上に引き上げる努力が必要らしい。

 あと印象的だったのは、複雑系の話。複雑系でググるとかなり難しそうなリンクが引っ掛かってくるんだけど、ちゃんと勉強すると果てしなく難しそうな話題である。

 色々見たら、ココが一番分かりやすそうだった。

抜粋するとこういう感じ。

人間に限らず、有性生殖で生まれてくる生物は、一つの受精卵が次々と分裂をしながら成長していきます。細胞分裂を繰り返しながらヒトはヒトになり、猫は猫になっていくわけです。これらの現象を「発生・分化」といいます。当たり前といえば当たり前ですが、何か大きな力が働いているような神秘的なできごととも感じられませんか?


 初めは何の変哲もない均一の受精卵が、重力のほかには外部からの働きかけもないのに、自分の力で自分の組織をつくっていくのも生物の特徴です。これを「自己組織」といいます。


 雲の形や川の渦など自然現象にも「自己組織」の例を見ることができます。川の流れの速度がどんどん速くなると、乱流という状態が生まれ、たくさんの渦巻きができます。それは、川が普通に流れている状態に比べるとはるかに複雑なものです。そこには渦がいくつもできては消えていきます。そしてよく見ると、大きな渦の中にまた小さな渦があり、小さな渦の中にもっと小さな渦がある状態なのです。こうした構造のことを、【フラクタル構造】というのです。


 つまり、「フラクタル」とは、入れ子のような仕組みになっていることをいうのです。入れ子とは、ロシア人形のように、大きな人形を開けるとそこに中くらいの大きさの人形が入っていて、中くらいの人形を開けるとさらに小さな人形が入っているという仕組みのこと。


大きさは違うけれども、形が同じものが繰り返し現れることから、入れ子とおなじような使い方で「自己相似」と呼ぶこともあります。このようにフラクタル構造で枝わかれしていることが、自然や生き物に共通の仕組みらしいと考えるのが【複雑系の思考】の特徴です。

 あれ?のみさんの言っていた複雑系とはちょっと違う?(汗)まいいや。

 まあ、このフィーリング(chamaさん用語)で、分かりやすく言うと、自分は個として成り立って意識を持っていても、自分に存在する60兆個の細胞(誰が数えたの?)の集合体であり、それぞれの細胞の意識の統合した総意が自分というアイディンティティを持っているという考え方。

 さらに言うと、人間は人間としての意識を持ち、成り立っていながらも、この人間の集合体(+地球上の生物?)による総意が地球の意識となるというような考え方らしい。

 そうなると、さらに地球がひとつの細胞だとしたら、それの集合体(銀河系とか超えるもの?)の上にさらに大きな存在があるとすると、その先はどうなっているのか?考えても分からないし、きりがないし確かめられないけど、何かあると思っていたほうが楽しいんだろうなって思う。

 入れ子が入れ子すぎて、難しいやね。ロシア人形、マトリョーシカみたいだね。

 でも、なぜかこの話をききながら、きん肉マンが出てきてしまったのは、私だけであろうか。

 ウォーズマンの中で戦っていたきん肉マン。背骨に沿ってリングが5段重なっていて、小さいきん肉マンとかロビンマスクとかブロッケンJrとかが戦ってんの。はい、関係ないですね。すいません。ただのきん肉マン好きなんです。

 まあ、話は戻って

 のみさん曰く、人間の体にフォーカスすると、目の細胞は目の細胞として、自分自身のような意識は持っていないけど、必ず意識があり、胃には胃の、皮膚には皮膚のというような形でそれぞれが、いやもっと細分化された中にも意識があって、それの総意が自分を成り立たせているのではないか?とあった。

 そうなると、こんなに色々考えたりしたりしている意識というものは、私が死んでしまったら、まったくゼロになってしまうの?とも思うが、霊の存在とかはよく分からないので置いておくとして、これが正しいとすると、ヨガでいう、「ココロと身体は繋がっている」という考えは、十分に説明できると思うんだよね。

 細胞が活性化されてなければ、例えば、頭で「ヨガをやらなくては」と思っていても、「別にやらなくてもいいんじゃん」と頭以外の細胞が大合唱していれば、それにあがなえないような気もするんだよね。

 逆に体中の細胞が、ある方向に向かっていれば、衝動的な行動をしてしまったというのも分かる気がするんだよね。

 あと涙。勝手に涙が出てくるというのも、心や理性で「ハイ、これから涙を流しましょう」といって流すのではなくて、勝手に流れくるもの、体全体で有る事象を捉えて、働きかけるのかもしれない。こういうのに敏感な人、鈍感な人っていうのはいるとは思うんだけど。

 あとはね、この複雑系の話から、ユングの集合的無意識の話になりまして。

(ユングといえば、確かヨガやってた人だったように思うけど) 

 集合的無意識とは、

無意識のある程度まで表面的な層は疑いなく個人的である。われわれはそれを個人的無意識と名づける。しかしこれはさらに深い層に根ざしており、この層はもはや個人的に経験され獲得されたものではなく、生得的なものである。このより深い層がいわゆる集合的無意識である

んだそう。

 要は、顕在意識とは別に潜在意識では私たち皆繋がってるんですよ。って話みたいです。

 虫の知らせとか、図らないのにすごい偶然があったとか、そういう事象もこの集合的無意識がなせる技のようですが、お互い相談しているわけでもないのに、同じような神話が離れた土地に存在したりもこういうことで説明がつくんだそうです。

 小さなレベルでいうと、たとえばhatti夫婦という共同体は、私が持つ波、旦那が持つ波それぞれがあるけど、深い潜在意識のレベルでは同じ意識で結びつき、影響し合っているということ。

 となると、また父親みたいに死んでしまった人と繋がっていた潜在意識はどうなってしまうのか?死ぬ前に繋がっていた時点での気持ちは必ず影響受けているとは思うけれど、死んでしまったら、それはどうなるのか?何となく疑問に残ってしまった。

 ってこれ気になってたんだけど、答えようがないし、場が暗くなりそうだから質問できなかったけれどね(苦笑)

 まあ、他にも、色んな話を聞いて面白かったんだけど、印象に残った部分に対する、自分のウニャウニャした考えも書いてみたりしました。

 あと印象的だったのは、宇宙の塵だったものが進化し続けると、例えば骨盤でも、必ずこうじゃなくてはならないという材質・形状・機能を持って進化してきたことは、驚くべき奇跡で、奇跡を越えた何かがあるんじゃないのか?(だったよね)と本気ですごいと思いますと熱心に語っていたのみさんの姿でした。

 私は、体以外にも、魚の色の組み合わせとか、木々や草花の自然が作り出した美しさもさることながら、その土地に根ざした文化、食べ物、それぞれがひとつの美意識というか美しさみたいなものを織り成しているっていうのもすごいなあと思う。

 そしてその文化にぴったりあった花があったり山があったりするんだよな。

 なんてことも考えたりしました。

 はあ、久しぶりに長くなってしまいました。えへへ。

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合宿行ってきました~

 金曜日から今日までの3日間、神プラ主催の合宿に行ってきたよ!

 帰宅後、旦那さんに「顔がとてもスッキリしたね~」って言われちゃった。いえい。WSの詠い文句にもあったように、”ココロと身体の詰まりがとれた”んだと思う。

 ヨガから離れて約2ヶ月、案の定筋肉が落ちまくって、チャトランガもプルプルしてしまう、バックベンドも、普通のバッグベンドが3回持ち上がらない、レッドの後半ではゼーゼー息切れしてしまう等、体力の著しい低下も認められたこの3日間、練習は正直苦しくヘロヘロだったにも関わらず、レッスンを重ねる毎に元気になった私。

 最後のレッドクラスのシャバサナのときは、横になっている状態なのに、体中の細胞がザワザワしているような感じがして、冬眠から覚めたような、そんな感覚だったな。

 当初目的としていた「ヨガ的な気持ちを呼び戻すこと」、これは絶対戻ったと思う。よいタイミングで合宿があって良かったなと思うし、合宿ぐらいのショック療法がないと、冬眠から目覚めることができなかったのかもしれない。

 この3日間は、ヨガについて、カラダの構造・仕組みについて、食について、自分の生活のあり方など色々考えさせられて、とても濃くって充実した日々でした。楽しかった。

 sarahさん、nyaomimiさん、よしよしさんとも久しぶりに沢山お話できてとても嬉しかったし、今回初めてお会いしてお話した方々もみんなとても良い方ばかりで、楽しく、伸び伸びしてました。

 皆さんからもエネルギー沢山もらえた気がする。どうもありがとう。

 正直、先週の木曜日までは、ドロドロに疲れていたので、金曜日からの合宿に耐えられるか不安でいっぱいだったの。でも、やっぱり行ってきて良かった。ヨガは、やっぱり最後はやって良かったなあと思えるからすごいなあって思った。

 私はやっぱりアシュタンガヨガが好きだなあと思った。

 詳細はあとで書きます。とりあえず合宿行きました報告でした。今日はもう寝ます。おやすみなさい。

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いよいよ合宿

 いよいよ、神プラ主催の修善寺合宿が目前となってきました。

 ボヤボヤしていて、まだ全然支度が出来ていない状態にありますが、とりあえず電車のチケット(往路)だけ予約したところまで完了。

 修善寺っていうと、新幹線でいくとなんだか乗り換えが大変そうなので、踊り子で行く事にしました。(直通だから)

 「えきねっと」でチケットを押さえたので、ついでに踊り子の空席状況を調べたら、帰りは割と埋まっている印象。でも帰りの電車の時間が微妙に読めないので、復路はまだ取っていない。まー何とかなるかなーとゆるい準備状況です。

 ていうか、ウェアも以前のが毛玉祭りでボロボロになってたりするので、あと一着ぐらい買わないと、足りないような気がする。

 でも、今日同期会、明日は早く切り上げるとしても。間に合うだろうか?今まであんなにデーンと構えていたのに、心配性の一面が顔を出してきて、急に焦ってきた。

 また本当に最近ヨガできてないので、こんなんで臨んで大丈夫かいな?というのはあるんだけど、急激にヨガどっぷり世界に漬かることが出来たら、それはそれでまた贅沢と思うことにしよう。

 節約ばかりしていて、贅沢を知らない子供が東京ディズニーランドに行くようなもんだと思おう。

 まあ、今回の一番の目的は、「ヨガ的な気持ちを取り戻す」ことなのでさ。

 今回、行く前からメールグループのやり取り等で、とてもアットホームな雰囲気なので、今からとても楽しみ。それに、ヨガを通じてお友達になった方も沢山参加されるしね!

 これを読んでいる方で、参加される方がいたら、ふつつか者ですが宜しくお願いします。

 まずは支度だわっ。

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せっけん楽しいにゃー

Pic_0411  初めて手作り石鹸を作成してから、もう何バッチか作成した。そんで体用、顔用に使用したりしています。今までここに書いてなかったんだけど、使用感はとても気に入っていて、他の石鹸を敢えて買う気が全くしなくなっちゃった。

 初めての石鹸は前田京子さんの配合で作った「マルセイユ石鹸」。

 初めてのは見た目ボロボロしてたけど、水に濡らすとシットリというかツルンというかヌルッとした泡が立ってとても優しい使用感だったんだ。

 あの「ツルン」はグリセリンだと思うのだけど、今まで石鹸だと思っていたものとあまりにも違うのでビックリしてしまった。お風呂上りも、体中ツルンツルンしてるの。

 あと良かったなって思ったのは、うちの旦那さんへのツルツル効果。

 乾燥肌で顔がつっぱるくせに、化粧水とか乳液みたいに顔に付けたりするのは

「ヌルヌルするから気持ち悪い」と毛嫌いするからどうしたものか?と思っていたが、この石鹸を使うようになったら若干潤うようになったらしい。あまり前のように粉ふき芋のようにならなくなったのでは。

 Pic_0400_1 以前、ちょっと贅沢して買った石鹸を旦那さんが使うと、

 「きいい、何であなたが薔薇の香りをさせているのよ!」

とか

「あまり良さを知らないクセに、お気軽に使わないで頂戴いいい」

と決して大らかではない気持ちでハラハラしてたのが、原価一個120円ぐらいなもんだから

「どうぞどうぞ、いいものだけど、何せ安くできるんで、気にしないでジャンジャン使ってください」

と思えるようになった。(セコイな私)

 まあ無用な心配はしなくてすむように成った事が良かった事かね。そんな高級石鹸ばかり使っていたわけではないが。

 次は初めて作ったマルセイユ石鹸のベースにホホバオイルを追加して作成。

 マルセイユ石鹸は真っ白の仕上がりになったのに対し、+ホホバオイル版の石鹸は、何となく薄いクリーム色。

 匂いは前回は前田京子さんの「お風呂の愉しみ」の”パチュリの風”ってやつ。前回の”森の木陰”という香りも優しくてとても気に入っているけど、”パチュリの風”はシャキっとするような大人っぽいような感じで、こちらも私好きだな。

 母は、ハーブっぽい感じがすると言っていたよ。

 先月作って、熟成させてたんだけど、時期ももう1ヶ月経ってたから、今日家に遊びに来た実家の母へのお土産にしようとカットしたの(今度はカットしないで長い状態のまま放置)。

 渡す前に、自宅用にもカットして母と試しに使ってみたら、前回よりも一層ツルツル(ヌルヌル?)してるのに、泡も立ってすごく使用感が良くていい感じだった。何度も手を洗いたくなる感じでした。

 ホホバオイルも、ちょびっと追加しただけなのに、こんなに変わるものかね~。

 母は目じりにホホバオイルを直接塗りこんだりしているらしいので、配合されていると聞いて喜んでいた。

 となると、色々なオイルで新たな石鹸を作成したくなるというもので、最近スーパーに行くのが楽しくなってきた。スーパーに行ってはオイルコーナーに寄ってはどんなオイルがあるのかチェックしてしまうのだよね。

 いろんなところを巡回してみて、最近割とと良く見るなーと思ったのがレッドパームオイル

 真っ赤なオイルなんだけど常温だと真ん中あたりがバターみたいに固まっているの。湯煎して使うんだと思うんだけど、これを使った石鹸は、鮮やかなオレンジ色の石鹸になるんだそう。

 そうそうそれと、前田京子さんの本には、このオイルはもともとアフリカのオイル(でも今はマレーシア産のものが多く流通している)で、これを使ったらその料理は何でもアフリカ料理になっちゃうんだよ!ってアフリカ人に言われたというお話が載っていて、そんな簡単にアフリカ料理が食べられちゃうのなら、石鹸にする前に、一度炒め物に使ってみようかなーと思って使ってみたの。

 試しに、トマトと卵を炒めるのにオイルとして使ったんだけど、旦那さんが、バターも一緒に入れているの?って言うぐらいにやや濃厚な感じに仕上がって美味しかったよ。ほんのり黄色い色がつくのか卵の色が美味しそうになっていた。

 簡単な炒め物だから、普通のサラダ油とかオリーブオイルでは何度も普通に作っているけど、レッドパームのは、また違った趣でちょっと驚いた。

 10年前、オリーブオイルを初めて使って、何かよく分からないけど、ちょっと美味しくなった感じがする!と感動した時と同じような感じであった。

 食べた感じ、バターっぽかったから、これで作る石鹸はこのバター効果(バターじゃないけど)絶対しっとりしたいい石鹸になると思っちゃった。

 前田京子さんの「石けんのレシピ絵本」にもレッドパームオイルを使ったレシピが載っていて、「海辺のサンシャインバー」なんて、素敵な名前が付いているから余計作りたくなっちゃう。(さっきのアフリカ話は、ここのレシピと併記されてたんだけどね)

 明日あたり材料揃えて作ってみようかな。

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インドに呼ばれた・・・かな?

 皆様、5月のGWの予定は立てましたか。

 私の会社は5月1日、2日はお休み(ここだけは良いところ)の為、今年は9連休となるのです。

 今年はなんとしてでも海外旅行(というか国外脱出)に行きたいと熱望し、ギリギリながらも旅行が取れました。

 パックツアーなんですが、行き先は、なんとインドになりました。

 普段旅行するときは、都会的で整備された都市に行きたがる(NYとか)旦那さんが、料金とかの兼ね合いもあるけど、アジアなら、インドかなと信じられない提案をしたのです。

 アリエネー w(゚o゚)w

 でも嬉しい! (T_T)

 今回は旦那さんと行く旅行で、デリー起点となる周遊コースなので、アシュタンガの聖地であるマイソールがある南インドには行けないのが、非常に非常に残念。更に今回は遺跡を回るツアーなんで、ヨガの練習は出来ない感じなんだけど、スキッドレスぐらいは持っていって、インドの大地でスリヤナマスカラやってみたいもんです。

 実はインドに決定するという直前になって、本屋でインドの近くに並んでいた、トルコにも急激に惹かれてしまった。

 浮気が本気状態・・・・。アンタインドッテイッテタデショー

 勝手に「飛んでイスタンブール」とか、古い歌が頭をよぎり、気分はトルコに傾きかけ、非常に困ってしまった。

 結局2つガイドブックを買い、比べていたが、どちらも楽しそう。

 後日、会社に来ていた、取引先の営業の人(インド好き。去年バングラデシュにも行っている強者)と雑談になった時に、インドについて聞いてみたら、

 タージマハルの壮大な素敵さ、ガンジス川の強烈さ、混沌としている面白さ、はては、24時間で電車が走っているんだよーとか、昔のマハラジャが使っていたお城をホテルにしているところがあるんだよーとか、物売りのヘンなお金の回収のしかたして笑える(勝手に目の前を掃除してお金をせびったりする)よー、等等、インドの面白さを懇々と説かれてしまった。

 止まりませんなー、インド話。

 でも熱心に布教活動された挙句、やっぱりインド!!!インドインド!と気持ちはインド寄りに興奮(単純)

 とは思いつつ、トルコの未練も捨てきれない私は、二人の女性の間で揺れる優柔不断な筒井道隆のような気持ちのまま、旅行会社に問合せした。どちらがいいか分からなくなってきたが、取れる方にしよう。

 ただインドのほうが、出発日候補がたくさん載っているせいか、インドかにゃー。

 一日経って来た回答。トルコ全滅。インド一件空きがあり!いやっほう。

 「最後の2シート空いています。至急で回答ください」とあった。

 だよねー。

 だよねー。

 そうだと思ったよ。

 でも何となくホッとしたりもして。

 そして申し込みましたとも。

 ジタバタしてもインドだったところをみると、呼ばれたんでしょう。呼ばれたのだろうな。呼ばれたんでしょう。

 ダラダラ書いてきましたが、そんなこんなでインドに決定したのでした。

 聖と俗が入り混じるインド。いざ決まると、怖いような気もしてきた。何でかって嫌いになったらどうしようってことで。でも大好きになるかもしれないし。

 まあ、私は潔癖症なんかでは全然ないので衛生面でウワ~ってことがあっても何となく受け入れれる気もする。そして今回は8日間ということもあり、ドップリ、インド色に染まり、旅先でターバンなんぞ欲しがっているかもしれません。あ、女性はターバンしないのか。

 ターバンつけた状態でカレーが食べたい! アンド 写真を撮りたい!なんて思うかも。

 カメラ持ってインドの景色を撮りまくりたいと思います。カメラ新調したーい。無理?

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ヒプノセラピー2

  エントリーのたびにお久しぶりね、でしたが、今回2週間空いてしまいました。

 ブログ始めてから多分一番長く空いた期間だったので、随分離れてしまったような、何だか自分のブログに近寄るのすら怖いような、そんな気がしてました。

 アシュタンガからも離れていました。

 合宿を間近にしてこんな状態で大丈夫?とも思いながらも、何となく身体が動かないからしょうがないなあって思っていた。

 ブログからもアシュタンガからも、少しの期間離れていたらやっぱり恋しくなって戻ってきた(笑)

 疲労が蓄積して気力がないので、ヨガ自体には正直まだ身が入らない。

 本当にやりたいと自然に思えるまで待つことにする。とはいえ合宿前までには、何度かプライマリー練習しないとついていけないような気もするが・・・。

 ヨガをちゃんとやっていた時と違う意味で、心と身体は連動しているなあと思う。

 ずっとこういう堂々巡りを繰り返しているうちに、最近ちょっと気分が↓になって止まらないので、今日、またヒプノセラピーに行ってきた。19時半からの予約だったので、仕事も無理やり切り上げて帰っちゃった。

 前回行ったところは、3ヶ月待たないと予約取れないので、別のところにしてみた。個人でされているところなので、ここでは何となく名前を出すのは避けるが、神保町にあるセラピールームです。

 今回は女性のセラピストだったので、前回よりもむしろリラックスして臨めたかも。白いきれいな猫ちゃんもいて、何だかまったり落ち着く感じなのです。

 思っていること、心に溜まっていることを1時間ぐらいかけて問診した後、催眠状態に入り、セッションがはじまった。その間2時間。

 今回は、前回到達しなかった前世療法っていうものをやってもらうことにした。

 前世というものが本当に存在するものなのか?分からないが、自分自身、考え方・行動で生まれ持ったクセというものもあるような気がするので、もともと面白そうだと興味があった。

 最近「オーラの泉」で美和明弘が天草四郎でした、なんて話を聞いたりすると、単純に自分はどんなの?という気持ちもあるし、自分自身からどのようなものが飛び出してくるのか興味があった。ついでに人間だったらいいなーとも思ってた。ははは。

 道端にいた何かの動物でした。とかキャベツでした。とかだとショック。

 食べられたのか、腐ってこの世を終わらせたのか気になってしまうしね。

 問診のとき、どんどん暗い方向に話が行ってしまい(爆)、その気持ちのまま臨んだので、やってみた感じ、本当に前世なのか、自分の想像か妄想なのか良く分からない。

 でも、妄想でも想像でも自分の気持ちから生まれてきたものなら、意味があって今の自分に必要なものだから、大事に受け止めるといいですと先生は仰っていた。

 この先生はレイキも使うらしく、シャバサナ状態で、横に寝かされている時、頭にレイキを送ってくれたりもした。

 taniさんがレイキの話をよくされているけど、触れていないのに、手をかざすだけで何だかハンドパワーのような波動が出ているのをダイレクトに感じてびびった。そしてほんわか温かくなるような感じもあり、ジンワリしてどんどん自分の傷が癒されていくような感じもあった。

 レイキすげー。

 そして自分自身が見た前世。いろんなイメージが浮かんできて、夢を見ているような感じだった。

 最初、前世への扉をイメージをしてあけるのだが、開けて暫くしたらシャバサナで掛け物をしてもらいエアコンも入っていて十分温かい筈なのに、寒くて震えが止まらなくなり、少々びびった。

 寒い・寒いと繰り返し、何が見えますか?で、何も見えず、ただ暗い階段、周りには蝋燭の光があるような感じがし、階段を登っているような気もしていたら、急に明るくなったような感じがしてきて、またびびる。

 そのままイメージし続けると、暗い石の階段を登り、窓の辺りまで来たという感じなのかな?と思った。

 自分自身は、黒髪のロングヘアの、20歳ぐらいの女性の感じがし、サンダルのようなものを履いているような感じがした。でもあまり幸せな感じじゃないんだよね。すごく高いところから大地を見下ろしているような、風にそよいでいるような。

 白っぽいワンピースみたいなものを着ていて、色石のネックレスのようなものをしている。

 窓の外から見上げると、とても大きな城のような感じで、上にはまだ建物が続いている。

 石の床に赤い絨毯。絨毯には細かい模様がされている感じ。

 私は、なんか諦めている感じだし、つまんないという思いを抱えている。

 そうすると、奥から土地の権力者みたいなものが出てきたような感じがして、腕をつかまれ部屋に引きずられて、なんと手篭めにされてしまった。

 この時は、自分の眉間に思いっきり皺が寄り、本気で耐えられないという気持ちが湧いてきた。そんな自分にびびる。

 この感覚は結構リアルな感じがして、ウワーと思ったが、私がイヤーな顔をしているので、セラピストの人が違う場面に移りましょうと言って移った。

 そうしたら、今度は、草の上にいて、目の前には池みたいなものがあり、誰かを待っている。自分は10歳ぐらいになっている。

 父親を待っていて、父親は馬に乗って迎えに来る。この父親の感じが自分の実の父親のような感じがして、懐かしいような、何だか涙が出てしまった。

 それで、家に帰るのだが、家は大きな布を何本かの木でテントみたいな家だった。家なのに布なんだよなー。そこで真ん中に竈があって、そこで鍋をグツグツ言わせて、ご飯をお母さんが作っている。それがとても美味しそうなのだが、何かの肉が入っていて、赤っぽく見える。

 お母さんの顔は良く分からなかった。

 馬が出てきて、布の家が出てきて、石の城のようなものがでてきて、モンゴルなのか、インディアンの世界なのか?トルコのほうなのか?

 分からないけど、こういう世界だったのだ。どこなのか気になる。

 最初の手篭め事件は、政略結婚というか、権力者みたいな人に無理やりつれてこられたようなイメージが浮かんだ。

 親は立派な城なのだから、わがまま言わずに我慢してそこに住みなさいと言い、私は家族のために嫌がりながら泣きながら好きな人がいる気持ちを持ったまま、それでも権力者の子供を沢山産み、子供を生きがいにし、最期は沢山の子供に囲まれながら死ぬというような内容だった。

 若い時、好きな人と夜暗い道で待ち合わせしているシーンも出てきた。その人は現世でも知っている人のような気がしたが、よく分からなかったが、少しドキドキしていた。

 そして、もっと自分に正直に勇気をだして生きれば、あるいは、自分の好きな人生を送るために生活を捨てて逃げれば、もっと一生が違っていたかもしれないのに、とも思っていた。だけど子供には恵まれて、子供のことは愛し、そこそこ恵まれた生活が送れたから、この人生これでよかったのかもしれない、と言い聞かせている感じもした。

 でも旦那さんのイメージが全然出てこなかった。自分の今の旦那さんじゃないような気もしたし。誰だったのだろうか?

 よく、前世での結婚相手は誰々でした、って明確に答えている体験談があったりするが、自分の場合、すべてにおいて、ボヤーっとモヤが掛かっていて良く分からなかった。

 と、夢をみたような感じだったが、これが前世だったのか。そしてどこの国だったのかもわからん。

 自分の勝手な想像だったような気もするが、何だか自分の内面を長時間探っていたから少ししんどかったかな。

 もう一度セッションを受けると、もっと明確なイメージが浮かぶのかしら。

 キーワードは、勇気と行動でした。

 確かに今の自分にはどちらも足りない。

 という感想である。

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